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タワーパーキングでの石綿ばく露と胸膜中皮腫(二相性)の発症(患者手記)

公開日:2026年1月10日

執筆:関東支部 井関善治郎

※本執筆は、患者の体験をもとに個人の感想として執筆しています。治療選択など、医療に関わる問題については主治医をはじめ、通院されている病院の「がん相談支援センター」など、医療関係者との相談を踏まえてご検討ください。

私は井関善治郎(いせきよしじろう)、現在73歳です。胸膜中皮腫(二相性)で治療中です。右の肺を患っており、発症原因は長年の仕事でばく露したアスベスト被害です。

私は22歳から定年まで、そして嘱託としてさらに2年間、機械式駐車場、いわゆるタワーパーキングのサービスエンジニアとして、点検業務に従事してきました。立体駐車場の点検が私の仕事でした。

自覚症状は2年ほど前からありましたが、確定診断がついたのは昨年の12月でした。去年の5月頃、健康診断で近所の医者に「肺に水が溜まっているようだ」と言われました。しかし、その時は、水が溜まることが肺の悪いことだとは知らず、私自身も健康そのものだと信じていたため、深く考えませんでした。医者からも「普通の人でもなるから経過観察でよい」と言われ、そのことはすぐに忘れてしまいました。

ところが、11月になり、大学病院から突然「すぐに来てほしい」と電話がかかってきました。その時、妻はふと悪い予感を感じたようですが、私も妻も「そんなはずはない」と思っていました。私は長生きする家系で、皆95歳ぐらいまで生きています。そのため、私が70歳そこそこでこんな病気になるとは、微塵も思っていませんでした。

診察では、通常のレントゲンやCTでも診断がはっきりせず、入院して組織検査(生検)を行うことになりました。患部を切り取って詳細に調べた結果、悪性だと判明したのです。生検をしてから確定診断まで20日ほどかかりました。妻は確定診断がつくまで「大丈夫だろう」と、最後まで望みを持っていたようです。私自身は診断を受けたとき、特別に驚きはしませんでした。中皮腫はまれながんの種類だと後で聞きましたが、「なってしまったものは仕方がない」という心境でした。人間はいずれ死ぬものだ、と。

診断時、妻は大変なショックを受け、感情があふれたようですが、私は静かに受け止めました。私は苦しいとか辛いといった感情を口に出すタイプではありません。しかし、診断を受けてから夜中に二度ほど叫んでいたことがあったと妻から聞きました。表には出さなくても、病への恐怖や辛さが溜まっていたのだろうと思います。

私が仕事で携わった立体駐車場は、火災対策として柱や梁に耐火被覆としてアスベストが吹き付けられていました。私は現役時代から、耐火材にアスベストが含まれている可能性を知っていたため、アスベストが原因の病気があることは知っていました。

駐車場内の機械は、車を運搬するために常に回転や昇降を繰り返しており、その際に微細な振動が発生します。耐火被覆材は吹き付けられているだけですから、振動や衝撃によって、アスベストの粉じんが空気中に舞っていました。その中での点検作業の結果、病気になったのだろうと感じています。私と同じように働いていた仲間たちが、今後発病しないか心配です。

今年の1月はじめから、免疫療法の治療を開始しました。現在は、オプジーボとヤーボイの併用療法を受けています。抗がん剤を打った当日には、悪心や寒気が強く出ました。病院ですぐに投与を止めてもらいましたが、薬の成分は体内に残っているようでした。今は、胸の周りの皮膚がかぶれるという副作用があり、軟膏を塗って対応しています。また、胸の辺りに突っ張ったような違和感が残っています。胸水については、生検の際に一度は抜きましたが、治療開始後は抜いていません。

療養生活は、比較的穏やかに過ごしています。家でブラブラしたり、自治体から借りている畑で30分ほど畑仕事をしたりして、体を動かしています。9月には、大阪万博にも行きました。人が多く暑かったですが、大阪での仕事が長かったこともあり、せっかくだからと見学に行きました。大屋根リングが印象に残っています。

診断を受けてから、私はすぐに自分の財産や貯金を整理し、妻が困らないように手配しました。本当に人生は何が起こるかわからないものだと感じています。

私に頼って生きてきた妻は、「私どうやって生きていくの」と、私の病気がわかった当初は不安でいっぱいになったようです。幸い、妻はインターネットで患者と家族会を見つけ、そこで同じような境遇の人と繋がることができ、「自分一人ではない」と安心した部分もあったようです。

中皮腫は、ネットで調べると辛くなる情報が多い病気です。病の事実は頭から消えることはなく、この重い現実を抱えていくしかありません。

免疫療法の治療が効いて、このまま病状が落ち着いてくれたらと願っています。ひょっとしたら好転する場合もあるかもしれません。私たちは、今日という日を日々生きていくしかありません。一日一日を大切にしていきたいと思っています。

同じ中皮腫と闘う皆さん、私も含めて、何を頑張るのかは分かりませんが、お互い頑張って生きていきましょう。

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