胸膜中皮腫(肉腫様)にオプジーボやヤーボイの治療を続ける(患者手記)
公開日:2025年9月17日
執筆:関東支部 近藤敏夫
※本執筆は、患者の体験をもとに個人の感想として執筆しています。治療選択など、医療に関わる問題については主治医をはじめ、通院されている病院の「がん相談支援センター」など、医療関係者との相談を踏まえてご検討ください。

初期症状と中皮腫の診断
私は近藤敏夫、74歳です。この度、私のこれまでの経験についてお話しする機会をいただきました。
病気が分かったのは、2023年の7月末のことでした。その1ヶ月半ほど前から、どうも嫌な感じの咳が続いていて、ちょっとした坂道でも以前よりずっとしんどく感じるようになっていたんです。ちょうどコロナが少し落ち着いてきた頃で、症状がコロナに似ているなと思ったのですが、熱はありませんでした。
近くのクリニックでコロナの検査を受けましたが陰性。そこでレントゲンを撮ってもらったところ、右の肺の4分の3くらいが白く雲っているのが分かりました。素人が見てもただ事ではないと分かりましたし、先生もすぐに大きな病院への紹介状を書いてくださり、「明日一番に行ってください」と言われました。
紹介先の総合病院で呼吸器内科を受診したところ、「中皮腫っぽい」と言われました。中皮腫という病気を初めて聞きました。検査のために生検をしたところ、やはり中皮腫であると告げられました。
その時、余命は半年から1年くらいだろうという話もあり、全く知識がなかったので、どういう病気なのか、どうすればいいのか、という状況でした。手術はできないだろうと感じましたが、案の定、「手術はできません」と言われました。
兵庫県に有名な病院があると聞きましたが、親の介護のために滞在していた仙台で診断を受けたため、住まいのある東京に戻って病院を探すことにしました。東京の病院を紹介していただくために、仙台の病院でCT検査などを受け、幸い転移はしていないことが分かりました。
診断された7月24日から約1週間かけて検査や手続きを行い、8月10日に東京の病院を受診しました。すでに胸膜中皮腫と分かっていたため、その日に入院して胸水を抜きました。
仙台でも1Lほど抜いていましたが、東京の病院では2日間で合計6Lもの水を抜きました。胸水を抜くと、かなり体が楽になるのを感じました。1週間ほど入院し、その後、オプジーボという薬を試してみることになり、8月末に再び入院しました。
投与した日に38度ほどの熱が出ましたが、翌朝には平熱に戻りました。1週間の観察期間を経て、大丈夫だろうということで、9月からは本格的にオプジーボとヤーボイを3週間おきに投与する治療を開始しました。
初めて中皮腫だと診断された時、正直なところ、あまりピンときませんでした。それほどショックということもありませんでした。もう年ですし、子供たちもみな独立していますし、そういうこともあったかもしれません。
家族の支えと副作用の対処と日常生活
妻にはすぐに病気のことを話しました。妻はすぐに中皮腫について調べてくれて、すぐに病院の予約を入れてくれました。子供たちにもすぐに話しましたが、電話で話した限りでは、みな冷静に見守ってくれているように感じました。
多くの患者さんのご家族は、大変な病気だと分かって、受け止めるだけでも大変だと聞きますが、私の家族は、もちろんそういった気持ちもあったでしょうが、それと同時に「次に何をしたらいいか」とすぐに頭を切り替えてくれたように思います。
オプジーボとヤーボイの治療を開始して、約1年半が経過しました。おかげさまで、今は治療が安定しています。私自身、時々早足で歩いたりすると息切れしたり、しんどくなったりすることはありますが、体がどうこうという自覚症状は、それほどありません。順調に安定しているせいか、時々自分が病気だということを忘れているくらいです。私がそう振る舞っているからか、家族も私を病人扱いするという感じはありません。大きく生活が変わったということもありません。
治療による副作用は、やはり皆さんおっしゃるように、体がかゆくなってくることと、ホルモンに異常が出ることです。ホルモン異常は、薬を飲んでいますが、もう治らないと言われています。
以前、ひどくだるくなって、おかしいと感じて緊急に病院で診てもらったことがありました。その時、ホルモンの数値に異常があることが分かり、それからホルモン剤を飲み始めました。
主治医の先生とのコミュニケーションは、特に問題ないと感じています。普段の診察は5分程度で、画像を見て「何もありませんね」という感じで終わることが多いです。こちらから込み入った専門的な質問をすることもありません。先生を信頼しているので、任せているという感じです。
体調の異変を感じたら、我慢せずにすぐに病院に連絡することを心がけています。少しでもおかしいと感じたら、自分で判断せず、すぐに病院に連絡するようにしています。これまでに緊急受診したのは一度だけです。
普段の生活では、色々と時間を使っています。買い物に行く時などは、車でも行けるのですが、歩いて行くようにして運動代わりにしています。趣味の釣りも好きで、道具の手入れをしたり、暖かい時期には釣りに出かけたりします。毎週というわけにはいきませんが、いつ体調が変わるか分からないので、行ける時には行きたいと思っています。
建設現場でのアスベストばく露
中皮腫はアスベストを吸ってなる病気ですが、当初はどこでアスベストを吸ったのか、はっきりした認識はありませんでした。仕事は内装業だったので、建設関係の現場にいることが多かったです。解体と建設が同時に行われているような現場もありました。古い建物ではアスベストが使われているという認識はありましたが、解体する人はマスクをしていましたが、私は現場監督のような立場でしたから、マスクをするように言われることもなく、自分自身もしていませんでした。当時は、アスベスト工場で働く人や、吹き付け作業をする人がなる病気だという認識があり、現場監督という立場で、自分は吸っていないと思っていました。
アスベストでがんになることは知っていましたが、それが中皮腫という名前だということや、私のような立場でも発症のリスクがあることへの認識は薄かったように思います。現在は労災認定もされています。
これまでの患者さんへの感謝
私と同じように治療中の患者さんも多くいると思います。簡単な病気ではありませんが、少しでも頑張り続けていれば、きっと良い薬が出てくると思います。私自身、発病したのがもう少し前だったら、何も治療法がなかったかもしれない、本当にラッキーな時期に発病したと思っています。
これは、これまでの多くの先輩患者さんたちが、新しい治療法の開発のために協力してこられたおかげだと、心から感謝しています。ですから、皆さんもどうか諦めずに、希望を持って一緒に頑張りましょう。私の経験が、少しでも皆さんの参考になれば幸いです。
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