怖いものは何もない:胸膜中皮腫(上皮様)患者としての病気との向き合い方(患者手記)
公開日:2025年9月17日
執筆:北関東支部 高久弥生
※本執筆は2025年4月19日の講演をもとに、患者の体験をもとに個人の感想として執筆しています。治療選択など、医療に関わる問題については主治医をはじめ、通院されている病院の「がん相談支援センター」など、医療関係者との相談を踏まえてご検討ください。

胸膜中皮腫の診断とこれまでの治療
高久弥生と申します。埼玉県越谷市から来ました。私は胸膜中皮腫の上皮様と診断されて、今、1年9ヶ月が経とうとしています。
自宅で今も仕事をやってまして、ネイリストとして自宅での仕事をしています。5人家族で子供が3人いまして、今日も一応午前中、一番下の息子のサッカーの試合の観戦に行って、ここに駆けつけました。
私は1年9ヶ月前に、見つかった時に、手術ができないということで、オブジーボ・ヤーボを4クールやりました。その状態で、左側だけだったがんが、右にも広がってきたということで、効いてないと判断されまして、その後に、アリムタとシスプラチンを6回やりました。
抗がん剤の治療を終了してから、遺伝子パネル検査をやりまして、一つの遺伝子異常がみつかり、もしかしたら治験に参加できるかもしれない、ということで、そのまま国立がん研究センターの築地病院に話を聞きに行ったのですが、そのときの状態だと「元気」ということで、残念ながら治験には参加することができませんでした。
抗がん剤治療が終了してから11ヶ月の間、現状維持で来てたのですが、先月のCTでちょっと病変が見つかりました。食道の周りにあるということで、胃カメラをやったんですけれども、食道には異常がなく、右肺の方にもしかしたら腫瘍が広がっているかもしれないということで、5月にもう一度CTを撮ります。
それがもし確定したら、主治医の方から、アリムタで治療をするか、治験のどちらかを提案されました。治験をやるとなると、また築地がんセンターの方に行かなければいけないのと、本当に参加できるかも分からないので、アリムタでの治療をやりたいとお伝えしました。先生は、アリムタがすごくよく効いていたということで、「それでもいいと思うよ」と言っていました。
副作用が心配ですけれど、前向きに臨みたいと思っています。ただ、岡部先生の話を聞いて、手術できるのかな、少しお話させていただきたいなと思いました。
まだ頑張れるという気持ち
やはり病気が分かった時は、気持ちがすごく落ち込んでしまいまして、毎日ように泣いたりする日々もあるんです。でも、考えても治るわけでもなく、やっぱり気持ちも大事ということで、できるだけ忙しく今は仕事をしています。
あまり考えないようにして、元気にやりたいことをやって、刺激物とか甘いものとかそういうのも考えなく食べたりして、楽しく過ごして、笑っていけたらいいなと、思いながら生活しています。
正直に言えば、私にとってこの中皮腫になったことは、本当に人生で最悪のことで、もう本当にそれに比べたら、もう何をするにも今は何も怖くない、というぐらいの思いで過ごしています。
告知されてからすぐに右田さんんの存在を見つけました。たくさんのYouTubeなどの動画配信を見て、中皮腫の恐ろしさを知ったことと、それと同時に、「私もまだ頑張れるな」と、すごく救われた気持ちになったのを覚えています。
それからすぐに、私の知り合いの全身がんで頑張ってる方から患者と家族の会のことを教えてくれました。すぐに連絡を取らせていただいたのですが、お話を聞きに近所まで来ていただいて、話を聞いてくれました。その時、中皮腫の情報っていうのが全く私の中になかったので、中皮腫の病気のことをちゃんとよく分かってくれてる方とお話ができたことで、ホッとしたことを覚えています。
患者と家族の会や中皮腫サポートキャラバン隊などの団体の方たちとの関わるようになって、中皮腫を治せる病気にするために一生懸命活動してくれていることがわかります。
でも私は、今は自分のことがすごく精一杯で、あまり協力したりすることがなかなかできないんですが、団体の方たちが動いて少しでも早く薬の承認に働きかけてくれていることや、私を含め、患者や遺族の方たちの助けになってくれているんだということを、改めて知りました。
患者の私からしても、中皮腫のことを分かってくれてる方たちとお話をすると、とても気が楽になります。これからも頼りにさせていただきたいと思っています。どうぞよおろしくお願いします。
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