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石綿健康被害救済法の抜本改正に向けて −石綿健康被害救済小委員会報告書カウンターレポート−

更新日:2023年9月22日

公開日:2023年9月5日

執筆:中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会

※PDFデータはこちらからご確認ください。

目次

はじめに
1治療研究の推進(「中皮腫」を治せる病気にするための支援体制)
 1-1 治療研究支援をめぐるこれまでの経過と現状
 1-2 「中皮腫を治せる病気にする」ための支援
 1-3 「何もしない」ための小委員会の議論
 1-4 治療研究推進に関する小委員会の個別意見
 1-5 治療研究推進に向けて
2 給付の体系・水準(公平・公正な給付の実現に向けた制度の再構築)
 2-1 小委員会での議論
 2-2 小委員会報告と今後の議論に向けて
3 指定疾病と判定基準
 3-1 小委員会での議論
 3-2 小委員会報告と今後の議論に向けて
4 健康管理
 4-1 小委員会での議論
 4-2 小委員会報告と今後の議論に向けて
5 制度運用
 5-1 小委員会での議論
 5-2 小委員会報告と今後の議論に向けて
おわりに

はじめに

2005年6月に兵庫県尼崎市の大手機械メーカー(株)クボタの旧神崎工場の周辺住民が代表的なアスベスト関連疾患である中皮腫(アスベストばく露が原因となる希少がん)を発症していることを被害者本人らが告発し、報道された。それまで限られた専門家を除いて、アスベスト健康被害の多くは職業病の一種であり、「公害」問題ではなかった。

以後、クボタ旧神崎工場周辺の被害だけでなく、全国的な被害状況(職域・環境)が明らかになり、国民的な問題となった。7月には政府の「アスベスト問題に関する関係閣僚会合」が開催されるまでに至った。尼崎での被害告発が、大きな社会問題へと波及したことから、「クボタショック」と言われている。

当時の健康被害をめぐる最大の問題は、被害者への公的な救済・補償制度が労災保険など「労働者及び労災保険制度特別加入者」(以下、労働者等)を対象とする労災補償制度(公務員、船員を含む)しかなかったことだ。労災補償制度(以下、労災)では、労働者等として工場や建設現場等職業上アスベストを吸ったことが原因で生じた被害は対象となるが、クボタ旧神崎工場のようなアスベスト工場周辺の住民や自営業で建設業に従事していた者、労働者が家に持ち帰った作業着の洗濯等を通じて被害を受けた家族等は対象にならない。

そのような背景を踏まえ、政府は2006年1月20日に「​​石綿による健康被害の救済に関する法律案」を閣議決定して国会に提出、2月3日に成立した。3月27日には「石綿健康被害の救済に関する法律」(以下、救済法)が施行され、労災の対象とならない被害者への給付が始まった。クボタショックから救済法施行までの速さが評価される意見もあった一方で、緊急避難的な意味合いで構築された制度であったために、当初から救済法自体の欠陥、及び労災との給付格差の問題が国会の審議でも指摘されることとなった。

アスベスト(石綿)健康被害の補償格差

その後、請求期限の延長等に関して2008年、2011年、2022年に議員立法により救済法は改正されてきたが、給付内容に関しての改正は一切されていない。また、中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害救済小委員会(以下、小委員会)において、2009年から2011年、2016年にそれぞれ給付内容に関する見直し議論もされたが改善には至らなかった。

参考:これまでの石綿健康被害救済法改正の概要
2008年12月1日施行一部改正法の概要
1.医療費・療養手当の支給期間を「申請日」から「療養を開始した日から」(申請から3年前までの期間)に拡大
2.2006年3月27日の石綿救済法施行以降に申請せず死亡した患者の遺族に特別遺族弔慰金等(約300万円)を支給(ただし、請求できるのは患者の死亡から5年以内)
3.特別遺族弔慰金等及び特別遺族給付金の請求期限を2009年3月27日から2012年3月27日に延長
4.特別遺族給付金(労災時効救済)の支給対象期間を2001年3月26日までに死亡した患者の遺族で労災保険法上の遺族補償給付の権利が消滅した者から、2006年3月26日までに死亡した患者の同対象者に拡大
5.国の石綿使用事業所の調査や結果公表などの徹底

2011年8月26日施行一部改正法の概要
1.特別遺族給付金(労災時効救済)の支給対象期間を2006年3月26日までに死亡した患者の遺族で労災保険法上の遺族補償給付の権利が消滅した者から、2016年3月26日までに死亡した患者の同対象者に拡大
2.特別遺族弔慰金等及び特別遺族給付金の請求期限を2012年3月27日から2022年3月27日(特別遺族弔慰金等の石綿肺およびびまん性胸膜肥厚の場合は2026年7月1日)に延長
3.特別遺族弔慰金等の請求を、患者の死亡から5年以内から15年以内に拡大(ただし、2006年3月27日から2008年11月30日のあいだに中皮腫、肺がんで死亡した場合の請求期限は2023年12月1日まで)

2022年6月17日施行一部改正法の概要
1.特別遺族給付金(労災時効救済)の支給対象期間を2016年3月26日までに死亡した患者の遺族で労災保険法上の遺族補償給付の権利が消滅した者から、2026年3月26日までに死亡した患者の同対象者に拡大
2.特別遺族弔慰金等及び特別遺族給付金の請求期限を2022年3月27日から2032年3月27日(特別遺族弔慰金等の石綿肺およびびまん性胸膜肥厚の場合は2036年7月1日)に延長
3.特別遺族弔慰金等の請求を、患者の死亡から15年以内から25年以内に拡大(ただし、2006年3月27日から2008年11月30日のあいだに中皮腫、肺がんで死亡した場合の請求期限は2033年12月1日まで)

2016年に開催された小委員会でとりまとめられた報告書「石綿健康被害救済制度の施行状況及び今後の方向性について」では、5年以内の制度の評価・検討が求められていた。新型コロナウイルス感染症などの影響もあったが、環境省にその動きがまったくなかったことから私たちは2021年10月に「石綿(アスベスト)健康被害救済法改正への3つの緊急要求」を作成して国会議員等へ法改正を求めた。2022年3月には「確かな声でいまを変えたい 患者と家族、わたしたち121の声」を作成し、患者・家族の実情を国会議員等へ届けた。その後、広く各地域の当会会員を中心とした働きかけにより、議員立法による法改正の動きが生まれ、同年6月の「救済法おける請求時効の期限延長」を実現する法改正へとつながった。

基金の活用等の問題は2022年6月6日より、小委員会において改めて議論が開始された。先に触れたように、同時期、国会でも​​2022年6月10日の第208回国会参議院環境委員会で「石綿による健康被害の救済に関する法律の一部を改正する法律案」が審議・可決され、「石綿による健康被害の救済に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議案」が全会一致で決議された。

参考:2022年6月10日の第208回国会参議院環境委員会での決議事項
一、石綿による健康被害に対する隙間のない救済の実現に向け、石綿による健康被害の救済に関する法律に基づく救済措置の内容について、改めて効果的な広報を行い周知の徹底に努めること。また、本法に基づく特別遺族弔慰金等の支給の請求期限の延長及び特別遺族給付金の対象者の拡大によって対象となると見込まれる者に対しては、丁寧な情報提供を行うこと。
二、国は、石綿による健康被害者に対して最新の医学的知見に基づいた医療を迅速に提供する観点から、中皮腫に効果のある治療法の研究・開発を促進するための方策について石綿健康被害救済基金の活用等の検討を早期に開始すること。
三、石綿による健康被害の救済に関する法律に基づく救済制度が、個別的因果関係を問わずに重篤な疾病を対象としていることを踏まえ、労働者災害補償保険法において指定疾病とされている良性石綿胸水、また、石綿肺合併症についても、指定疾病への追加を検討すること。
四、石綿にばく露することにより発症する肺がんについては、被認定者数が制度発足時の推計を大幅に下回っている現状を踏まえ、認定における医学的判定の考え方にばく露歴を活用することなどについて検討すること。
五、既に前回の施行状況の検討から五年が経過していることを踏まえ、本法附則の規定による見直しのほか、改正後の法律について、速やかに施行状況の検討を実施すること。その際、療養者の実情に合わせた個別の給付の在り方、療養手当及び給付額の在り方、石綿健康被害救済基金及び原因者負担の在り方等についても検討を行うこと。

しかし、国会で決議された5項目ほとんどの部分は、小委員会では真摯な議論が行われず、報告書においては結果として、事実上全会一致の国会決議が無視された形となった。

また、小委員会には当会の胸膜中皮腫患者の右田孝雄(第1回および第2回)および中皮腫遺族の小菅千恵子(第3回から第6回)が委員として参画し、延べ6回にわたる議論がされた。2023年6月27日の第6回委員会では、とりまとめにおいては委員長一任はできないとの意見を小菅が出したが、小菅以外の委員は委員長一任に同意し、多数決によって決定された。

参考:右田孝雄・小菅千恵子プロフィール
◯右田孝雄
2016年7月20日に「悪性胸膜中皮腫、平均余命は2年」と宣告される。2017年9月に腹膜中皮腫患者の故・栗田英司らと、「中皮腫サポートキャラバン隊」を結成。日本肺癌学会ガイドライン検討委員会(ガイドライン検討統括委員会)胸膜中皮腫小委員会外部委員なども務める。
◯小菅千恵子
1997年に当時42歳の夫を「悪性胸膜中皮腫」で亡くした。夫の父親が働いていた石綿工場から持ち帰ってきた作業着やマスクが原因だった。当時は、「肺がん」の診断で、労災も適用されず、石綿健康被害救済制度もなかった。

小委員会運営にあたっては、小委員会事務局である環境省石綿対策室が、当初内定していた専門家へのヒアリングを実施しないことを突如、私たちに通告してくるなどの不誠実な対応も散見され、2022年8月26日には「石綿健康被害救済小委員会の運営に対する抗議文」を環境省などに提出するなどした。

2023年6月28日に公開された小委員会報告書「石綿健康被害救済制度の施行状況及び今後の方向性について」(以下、2023年小委員会報告書)にあるように、今回の議論においても給付内容の改善は図られなかった。私たちは第6回委員会での意見がほとんど検討されず、公開された2023年小委員会報告書と事務局運営等について「中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害救済小委員会『石綿健康被害救済制度の施行状況及び今後の方向性について』取りまとめ報告書の撤回と見直しに関する緊急要求および抗議声明」を発表し、抗議した。

本レポートにおいて、2023年小委員会報告書の問題点を指摘するとともに当会として考える、石綿健康被害者救済のあるべき姿、改善の方向を示すものである。

参考:小委員会開催日および環境省から事前説明を受けた年月日
○小委員会開催日(なお、すべてオンライン開催)
2022年6月6日、8月26日、10月21日、12月20日、2023年3月31日、6月27日
○事前説明日
2022年5月24日、8月25日(オンライン)、10月11日、12月12日(オンライン)、2023年3月22日、6月1日(オンライン)、6月19日

参考:8月12日、木内哲平室長から右田孝雄へのヒアリング取り消しのメールの一文
___
環境省石綿室の木内です。
救済小委員会について、いくつか御連絡です。
小委員会でのヒアリング候補として、数名の医学・法学の専門家を提示いただいていましたが、同じく医学・法学の専門家の参加している委員同士の議論を充実させて、審議時間を十分確保するため、これらの専門家のヒアリングについては行わないこととします。

1治療研究の推進(「中皮腫」を治せる病気にするための支援体制)

1-1 治療研究支援をめぐるこれまでの経過と現状

小委員会の議論において2022年からはじめて提起した課題として、「中皮腫を治せる病気にするための治療研究支援の推進」がある。当会の発足以降、2006年2月に胸膜中皮腫に対して認可されたアリムタ(一般名:ペメトレキセド)の早期承認を求める厚生労働省交渉などの取り組みをしてきたが、近年まで「中皮腫を治す」ための取り組みが具体的にされてこなかったと同時に、そのような意識すら多くの関係者が持てなかった。

背景として、中皮腫は予後が悪く、効果の大きく期待できる治療薬も登場してこなかったことがある。「何をしても期待できない」。このような意識が我々の活動においても支配的であった。

石綿健康被害救済法逐条解説においても、「中皮腫は治癒が困難な疾病であり、このままでは、現に存在し、また今後発生する健康被害者は何ら救済を受けられずに死に至ることは厳然たる事実」とされている。石綿健康被害をとりまく法令、それにもとづく施策、あらゆるものが治らないことを前提に構築されてきた。石綿救済法は第一条も以下のとおり、「救済法」であるにもかかわらず治療研究の支援が位置付けられていない。

第一条 この法律は、石綿による健康被害の特殊性にかんがみ、石綿による健康被害を受けた者及びその遺族に対し、医療費等を支給するための措置を講ずることにより、石綿による健康被害の迅速な救済を図ることを目的とする。

そのような流れの潮目が変わったのが、2018年8月に胸膜中皮腫の治療薬として世界に先駆けて日本で認可された免疫チェックポイント阻害薬であるオプジーボ(一般名:ニボルマブ)である。中皮腫の治療薬としては約10年ぶりに登場した標準治療薬で、現在も中皮腫患者の治療薬の柱となっている。以来、私たちは中皮腫治療にあたっている医療関係者と今後の治療の展望等について議論を重ねてきた。その中で、見えてきたのは、現場の研究者への研究支援の状況が極めて不十分であるということだ。中皮腫は希少がんであり、肺がんなどの患者数の多いがん種と比べると製薬会社の治療薬開発は後退せざるを得ない。

参考:肺がんの薬物治療の進展

肺癌の薬物療法
出典:国立がんセンター中央病院

しかし、中皮腫はアスベストを吸わなければ発症しない病気であり、アスベスト使用の規制強化と使用禁止がもっと早くおこなわれていれば、これほどまでに被害が拡大することはなかった。国や関係事業者が積極的に健康被害の回復に努める責務があるにもかかわらず、オプジーボの登場以降も中皮腫をはじめとするアスベスト健康被害に関する治療研究支援を強化する国の具体的な取り組みがおこなわれていない状況が続いている。

2022年8月26日の第2回小委員会でヒアリングに参加した患者から「私たち患者には、もう待っている時間がありません」との意見に象徴されるように早急な対応が求められている。

現在の国の支援の枠組みは以下に大別される。

①科学研究費助成金(文部科学省)

あらゆる分野の学術研究に助成をおこなっているが、中皮腫に対する助成は37件(2022年度)。1件あたり数百万円/年(研究期間を通じた総額で約2億円)の規模。基礎研究が中心。なお、同年度の肺癌に関連した研究への助成は113件(研究期間を通じた総額で約47億円)。

②厚労科学研究補助金(厚生労働省)

保健・医療・福祉・労働などの分野の課題に対して研究助成をしているが、中皮腫に対する支援は年間2件。補助額は1件あたり1.5千万円程度/年の規模。なお、肺癌に関する研究への助成は12件(平成26年度)。

③AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)事業

がんや難病など、国の医療分野の研究支援の中核を担っているが、中皮腫に関連する支援は2件(2022年度)。補助額は数千万〜1億円程度。支援実績として基礎研究、創薬が中心。なお、同年度の肺癌に関連した研究への助成は15件。

以上のような支援があるが、後述するような、私たちが最も必要と考える治療研究事業(基礎研究および臨床試験支援、データベースシステム構築)に対しては効果的な支援がなされていない。また、科学研究費助成金とAMED事業はアスベストや中皮腫に限らず、さまざまな領域における研究との競合関係の中での位置付けであり、厚労科学研究補助金も対象領域はそれらに比べればかなり限定はされるが競合関係下での支援しかされていない。

しかし、これまでに司法において国の責任が問われた肝炎では約35億円(2022年度)、エイズでは21億円(2022年度)の研究支援の予算があてられている。アスベスト健康被害においては、2014年に大阪・泉南アスベスト訴訟、2021年には建設アスベスト訴訟において最高裁において国の責任が確定している。それにもかかわらず、このような大きな違いがある現状は極めて問題であると言わざるを得ない。

このような状況下、私たちは2021年から救済法の給付の原資となっており、残高が約800億となっている「石綿健康被害救済基金」(以下、救済基金)を活用して、治療研究の支援を強化するよう提言してきた。2022年6月に開始された小委員会でもこの提案をし、当初は半数以上の委員から賛同を得た。以後、医療者のヒアリングも実施されるなど、2022年に開始された小委員会の議論は救済基金の活用も含めた治療研究支援のあり方が中心となっていったが、2023年小委員会報告書においては基金の活用は困難とされ、治療研究に対する具体的な支援の方向性が示されることはなかった。

1-2 「中皮腫を治せる病気にする」ための支援

2022年10月21日の小委員会における3名の医療関係者からのヒアリングと、同委員会に当会から提出した医療関係者意見を踏まえると、大きく分けて以下の三点に対してトータルで少なくとも年間3億円程度の財政支援の強化が求められると考えている。

①臨床試験への支援

新たな治療薬を保険診療で使用できるようにするには、安全性や有効性などを臨床試験(治験)を経て確認していかなければならない。さらに、現行の治療薬は中皮腫においては胸膜中皮腫においてのみ使用が認められていたり、治療のタイミングによっては使用に制限がかかるなどの障壁がある。このような問題も原則として、臨床試験を経て解決しなければならず、製薬会社の薬剤提供等の支援体制や試験デザインによって変わってくるが、国の認可を目指した場合の中皮腫における臨床試験には2億円程度の予算が必要となってくる。

②中皮腫患者の治療経過等に関するデータベース構築

中皮腫患者の年齢・性別から治療歴や遺伝子背景などの情報を一元的に登録・追跡する情報を構築すれば、新たな治療薬の開発や個々の患者の背景に合わせた最善の治療選択の補助的情報として活用することができる。また、このようなデータ集積がされていることで研究が促進され、国際的な中皮腫治療研究の位置づけを高めることにもつながる。環境省では「中皮腫登録事業」が実施されているが、現行制度は治療研究の向上に結び付く情報は全く得られていない。過去に日本肺癌学会が実施した登録事業をモデルにして、近年取得可能となったがん遺伝子情報の集積も加味して新たな取り組みが求められる。年間5千万円程度の予算もあれば十分にデータベースシステムの構築、実務的な登録支援ができる。

③基礎研究への支援

中皮腫は肺がんなどの三大がんなどと性質が異なる面があり、がん研究全体の進展と比例して研究が進みにくいと言える。中皮腫の特性を踏まえた基礎研究の継続・発展が、根本的に「中皮腫を治せる病気」とするためには不可欠である。しかし、ただちに成果に結びにくい中皮腫では基礎研究にあたっている研究者の環境は厳しいものがあり、後進の育成にも支障が出ている。基礎研究にあたっているある研究室では最低でも2千万円程度の研究費を確保する必要があるが、研究費が得られない場合は部分的に研究を中断・中止せざるを得ない状況がある。例えば、基礎研究にあたっている研究機関を5つ程度選定し、安定的かつ継続的な支援をしていくことも考えられる。

1-3 「何もしない」ための小委員会の議論

前述したように小委員会では、私たちの提案に対して半数以上の賛同の声があり、医療関係者からも具体的な提言が挙げられたものの、救済基金の活用を含めて治療研究支援の具体的方策については示されなかった。主な理由は以下の二点である。

①財源の枯渇

第1回小委員会では半数以上の委員から救済基金の活用による治療研究の支援について賛同を得たが、第2回小委員会では事務局が今後の救済基金の推計資料を提示してきた。その際、研究者(奈良県立医科大学 明神大也氏)のヒアリングを実施して将来的に基金が枯渇する可能性があるとの意見を述べさせ、基金の活用は困難だとする方向性の議論を展開した。

私たちは、環境省が2013年に基金残高が大きく増加していくとする推計をつくっていること、それを踏まえて残高を横ばいにするために事業主からの徴収率を引き下げた経過があること、新たに示された推計に全く妥当性がないことを小委員会に資料も提出して指摘した。事実、環境省は2022年度ベースでそれ以降は拠出額が8パーセントずつ増加するとしたが2023年度実績はマイナス2パーセントであった。

救済基金活用の議論を封殺することだけを目的とした極めて姑息な事務局による小委員会運営であった。また、同日には当事者からのヒアリングも予定されているなかでこの議論を先行させた運営も強く批判されるものであった。

②事業主から徴収した目的と異なる使途

いわゆる「目的外使用」に問題があることが新美育文委員(明治大学名誉教授)や岩村有広委員(一般社団法人日本経済団体連合会常務理事)から強く主張された。

私たちは制度施行当時と治療環境をめぐる状況が異なっており、救済という観点で言えば「命の救済」に使用目的を拡大させるわけであるから、拠出者(事業者・国・都道府県)の理解は得られるものと考えた。実際、全国知事会は2022年8月25日に、「石綿健康被害救済制度の充実を図るとともに、中皮腫などアスベスト関連疾患の診断や治療法確立に向けた研究・開発を推進すること。この際、制度の見直しが生じた場合は地方公共団体に費用負担を求めないこと。」を国に要望している。

また、労災保険の給付財源となっている労災保険料は、当初の目的になかった​​「未払い賃金の立替払い事業」、「労働時間短縮支援センター」や「労災病院の設置運営」の業務などにも活用されてきた経緯があり、私たちの提案する救済基金の活用は、議論するに値する課題である。

以上の点からも、今般の小委員会の議論は、結論ありきの「何もしない」ための小委員会の議論であったと断じざるを得ない。

1-4 治療研究推進に関する小委員会の個別意見

小委員会としては、「中皮腫を治せる病気にする」ための治療研究の支援の重要性については確認しつつも、救済基金の活用以外の方策を検討すべきという方向に誘導されていった。ただし、各委員の個別意見には興味深いものも少なくない。

・「中皮腫をはじめとする石綿関連疾患を「治る病気」とする上でですね、重要な課題であると認識してございます。本制度とは異なる方法、この方法につきまして、費用負担の在り方も含めて別途議論する必要がある」
(2022年12月20日 石綿健康被害救済小委員会(令和4年度第3回)議事録における岩村有広委員の発言より)

・「研究開発に充てていただくことが望ましいという話をしまして、今でもそう思ってます」

・「最終的には国会が決めることになりますので、法改正をすれば研究開発のほうに充てるということも不可能ではない」

・「将来的な道というのはさらにご検討いただければありがたい」
(2022年12月20日 石綿健康被害救済小委員会(令和4年度第3回)議事録における大塚直委員の発言より)

・「中皮腫に対する国の研究費を新たに設立して、それでやっていけばいいのではないかなというふうに思います」
(2022年12月20日 石綿健康被害救済小委員会(令和4年度第3回)議事録における岸本卓委員の発言より)

・「基金の性格から考えると、基金の外で考えるほうが、より研究開発に資することができるのであるならば、そういう可能性があるのならば、そういうことを検討するということも必要なのではないかなというふうに考えます」
(2022年12月20日 石綿健康被害救済小委員会(令和4年度第3回)議事録における中澤よう子委員の発言より)

1-5 治療研究推進に向けて

2023年小委員会報告書では、石綿健康被害救済基金の活用は前述した理由などに触れて活用は困難との見解が示された。一方で治療研究の重要性については確認し、関係省庁との連携などによって研究を推進していくこと、中皮腫登録事業の充実、保険適用されているがん遺伝子診断の周知推進などについて確認された。

しかし、どこの省庁が何の責任を持ち、具体的に何をすべきなのか明確にされていない。「明日どうなっているか」という不安と闘っている患者・家族と向き合い、「中皮腫を治せる病気にする」という決意も覚悟もみえてこない。中皮腫登録事業に関しても、環境省は関係学会関係者と協議している形跡がない。

がん遺伝子診断の周知については、がん遺伝子パネル検査(がんゲノムプロファイリング検査)によって個々の患者のがん遺伝子100〜500個の診断が可能となり、ごく一部の患者は新たな治療薬の使用に結びつくことがある。検査データは国の事業として国立がん研究センターが管理するがんゲノム情報管理センター(C-CAT)に登録される。これらのデータは審査に基づいて企業や研究機関も利用でき、新たな治療薬の開発等に活かすことができる。

しかし、現行の同検査は「標準治療が終了ないしは、終了見込みの患者」であることから対象者に制限がかかっている。すなわち、2023年小委員会報告書にある「中皮腫は希少がんであり網羅的な遺伝子診断の対象となり」(p.12)との表現は明らかな誤りである。

なお、この誤りについては第6回小委員会において、小菅委員より指摘を受けているにもかかわらず、訂正を行わず2023年小委員会報告書に記載された。この一例をとっても、小委員会の強引な運営と、2023年小委員会報告書の不正確・不適切性を示すものとなっている。

現在、がん遺伝子パネル検査は保険適用されているが、先に述べた条件があったり、どこの病院でも検査を受けられるわけでもない。また、保険適用されているものの自己負担額が50万円以上にのぼる検査費用が労災制度や救済制度において支給されることが確実ではないために、中皮腫についてはわずかなデータ蓄積しかされていない(2023年6月20日時点で、登録総数6万例弱のうち胸膜中皮腫が含まれる「胸膜」のがんでは153例)。したがって、既存のがん遺伝子情報集積システムでは新薬の開発等に活用できる量のデータは蓄積されてこない。

このような課題を踏まえれば、中皮腫と診断された患者には診断時から無条件に自己負担なく遺伝子パネル検査を受けられるように環境整備を進めることが必須である。そして、これにより集められる大量かつ系統的な収集データによって構築されたデータベースが、中皮腫の基礎研究、新たな治療薬の開発に活用されることとなる。既存の中皮腫登録事業の抜本的かつ大幅な見直し、あるいは新たな中皮腫登録事業によりこうしたことが実現できる。これは中皮腫にかかる研究・開発のための、いわば重要な基盤整備である。大量かつ系統的なデータベースは国内外の製薬会社の研究推進・治療薬開発の動機付けにも関連してくることから重要な意味を持ち、国際共同治験へ日本の医療機関の参加が促されるとともに、日本国内の中皮腫患者がより多くの臨床試験に参加できることにもつながっていくのである。

私たちは治療研究推進のための年間3億円程度の追加的な救済基金の活用について今でも活用が可能であり、いくつもの方法があることを示した。年間3億円という規模について言えば、現在、約300万の労災保険加入事業主から基金財源が拠出されていることを踏まえ、追加で100円の負担協力をお願いできれば解決できる金額である。これまでの拠出分は使用せずとも、このような形で財源をつくることも可能である。

あるいは、救済基金における給付部分に関しての拠出割合をみると、事業主が約920億円、国が約386億円、都道府県が約92億円(2021年度までの給付部分の拠出額)となっており、国の負担割合が最高裁等で確定された被害発生の負担割合からみると消極的ともみえる。今後の治療研究支援の拠出にあたっては国が負担することも検討すべきである。

また、現在、クボタなどの特定4社は一般事業主とは異なり、「特別事業主」と位置付けられ、年間1億円程度の拠出をしている。これら特別事業者の負担増加、あるいは特別事業主を追加指定するなどして負担させることも検討すべきである。

救済基金とは離れたところで言えば、国は司法判断において労働行政における規制権限不行使等の責任が認定されており、賠償責任は当然だが、被害の回復をはかる責務があることは言うまでもない。その意味で、担当部局である厚生労働省労働基準局の所管している労災科研費において、治療研究に対して年間約3千万円の支援しかしていない現状はその責任を果たしているとは到底言い難い。

民間領域においては、2022年1月に「一般社団法人中皮腫治療推進基金」が発足し、治療研究支援に向けた取り組みを進めている。「中皮腫を治せる病気」にすることを含め、アスベスト関連疾患の治療研究支援のあり方を抜本的に見直すことが求められており、国が主導的にその役割を果たすべきである。

治療研究支援のあり方については、小委員会でも多くの前向きな提案が出されており、費用負担のあり方に関しては上記に述べたような観点からの議論が可能であることから、速やかに支援の方策を検討すべきである。

「中皮腫は治らない病気」として立ちすくむ時代はすでに終わっている。石綿救済法1条を書き換え、「中皮腫を治せる病気」にしていくために法改正が必要である。

2 給付の体系・水準(公平・公正な給付の実現に向けた制度の再構築)

救済法成立以来、当会は現行の療養手当を含めて「労災並み」の給付体系・水準へ見直しをすることを小委員会等を通じて要請してきた。この間、前述したように大阪・泉南アスベスト訴訟や建設アスベスト訴訟によって国の責任が最高裁で認定されてきた。それらを踏まえ、2021年12月には研究者らの有志によって構成されている「石綿被害救済制度研究会」(以下、研究会)が「石綿(アスベスト)被害救済のための『新たな』制度に向けての提言」、2022年5月には「【追加提言】建設アスベスト被害の全面的救済に向けて-建材メーカーの「建設アスベスト被害補償基金」(仮称)への公正な資金拠出に関して-」を発表し、被害者救済に関して現行の関係諸制度からの見直しに関する提言がされるなどした。

2-1 小委員会での議論

給付に関する議論としては、2022年8月26日の第2回小委員会において未就学児や就学児を抱える患者・家族、建設業自営業者の社会保障を前提とした際の家計状況等についてヒアリングで当事者から意見が出され、現行の療養手当では一部の被害者にとっては救済が名ばかりのものであることが示された。

2022年12月20日の第4回小委員会ヒアリングにおいて、研究会の共同代表である吉村良一(立命館大学名誉教授)と森裕之(立命館大学教授)から救済制度の見直しに関して意見が出された。

両氏からは、国や企業の責任が認められた司法判断、個別企業と被害者との解決実績が積み重なってきていることなどを踏まえ、現在の救済制度とは異なる給付体系と給付水準を見直した新たな法制度の必要性が提起された。 具体的には 、「法的責任」、「法的責任に準ずる責任」、「社会的責任」、「公的ないし政策的責任」 の観点から費用負担のあり方を整理して財源を確保した上で、「遺族給付の創設」を含めた新たな給付をしていくことが提案された。

石綿健康被害救済基金の現行の仕組みと改革案の提示

これらの意見に対して法学系の大塚直委員からは、「さらに考えていく提案をしていただいた」、「もしこれを考えていくとすると、さらに他省庁を巻き込んだり、国会を巻き込んだ、結構いろんなところとの関係も出てくるかと思いますけれども、本日はとにかく、これは環境省としては重要な意見として受け止めていただければ」と意見が出された。

一方で、同じ法学系の新美育文委員からは法的責任が確定されていない事業者などに対して新たな拠出を強制することはできないという指摘がなされた。なお、新美委員からは2022年10月21日の第3回小委員会への提出資料で、現行の救済制度はその趣旨や他制度との比較において概ね妥当である旨の意見がされているが、今般の物価上昇に配慮した調整への対応を求めている。

経済団体を代表している岩村委員からは小委員会を通じて、一貫して救済制度の安定的な運営が主張された。すなわち、制度の見直しを通じた事業主の負担増などに関しては否定的であり、これは従来と変わらぬ主張である。ただし、今回の小委員会において、救済基金の治療研究支援への使途拡大の議論に関連して、表立って基金の余剰が生じている場合は負担軽減を検討すべき旨の意見がされたことは懸念すべきことである。

この点、私たちとしては、いまだ被害が減少傾向にない状況において代表的な経済団体から負担軽減の主張がされることは、アスベストの利用によって多くの事業者が利益を享受してきた裏返しとして生じてきた甚大な被害の実態とその社会的責任を直視しているのか、甚だ疑問である。2014年に小委員会等の公の議論を経ることなく徴収率の引き下げがされている経過もあり、さらなる負担軽減を求める主張が建材メーカー等の関連企業の責任がまだまだ問われている状況下、堂々とされることに対して強い違和感を覚える。

2-2 小委員会報告と今後の議論に向けて

2023年小委員会報告書においては、現行の救済制度の給付額について不十分といえる状況ではなく、「社会全体で石綿による健康被害者の経済的負担の軽減を図る」制度趣旨において現行制度は維持されるべきとされた。

今回の小委員会においては、吉村・森両氏から新たな提言がされ、それに関連していくつかの意見が出された。私たちは、2011年に作成された「ワーキンググループ報告書〜『今後の石綿健康被害救済制度の基本的な考え方について』〜」の作成実績を踏まえ、今回の小委員会でも同様に議論を深める作業を求めたが何らの取り組みもされなかった。

小委員会でも大塚委員から意見が出されたように、環境省にとどまらず厚生労働省などの関係省庁も含めた議論、立法府における議論も開始されるべきであり、15年以上前に「緊急避難的」につくられて以降は給付内容について全く改正がされていない救済法は、基金の使途変更とあわせて給付内容のあり方について直ちに議論されるべきである。

この点においては、救済制度を遺族給付の創設を含めた補償制度に相当する制度に見直すことはもちろんであるが、現行制度の範囲内においても、物価上昇に対応した給付水準の見直し、年齢や発症前の所得状況を含めて家庭の状況に配慮した給付のあり方は速やかに検討されるべきである。

3 指定疾病と判定基準

救済法施行当時、対象となる疾病は中皮腫と肺がんに限られていた。「重篤な疾病」の救済が制度の趣旨であるというのが名目上の理由であったが、当会を含めて当時のいくつかの野党などからも給付水準の問題とあわせて指定疾病が限定されている点については問題が指摘されていた。すなわち、労災では石綿肺やびまん性胸膜肥厚、良性石綿胸水などが対象疾病となっていながら、救済法では除外されてしまった。石綿肺等の疾病は労災の対象とならない建設業における一人親方や自営業者など職業性の石綿ばく露がある者にとって大きな問題であり、中には非職業性の石綿肺やびまん性胸膜肥厚が事例として報告されることもあった。

その後、2009年11月から開始された小委員会の議論を経て、2010年5月に「石綿健康被害救済制度における指定疾病に関する考え方について」が取りまとめられ、石綿肺とびまん性胸膜肥厚が指定疾病に加わった。しかし、石綿肺に関しては、「著しい呼吸機能障害」があることが条件になっており、著しい呼吸機能障害がなくとも続発性気管支炎や肺結核などの合併症を伴う石綿肺についても給付対象とする労災認定基準とは異なっていること、良性石綿胸水が指定疾病に追加されていないことは問題であり、当時から私たちは改善を求めている。

また、肺がんについては、制度設計時に想定していた中皮腫の認定者1人に対して肺がんも1人が認定されるとした推計とは大きく異なり、救済が進んでいない。要因として、患者本人の自覚の問題や医療者の認識の不足があげられるが、救済制度における判定基準が労災とは異なっていることによって、救済の範囲が狭まっていることがあげられる。

現行の判定基準ではレントゲンやCT画像等から確認できる医学的所見のみを判定要件として用いることとなっており、「石綿ばく露歴」が現行の判定基準では全く考慮されない。一方労災においては、石綿ばく露歴と医学的所見をかけ合わせた認定基準が採用されており、このために、労災では救済される肺がん事例が石綿救済制度では救済されないということが生じている。この問題は、とりわけ建設業における一人親方や自営業者など職業性の石綿ばく露を有する者にとって大きな問題であり、さらに居住していた住居の近隣に石綿工場等があったことや職業性石綿ばく露者が家庭内に持ち帰った石綿が付着したままの作業着を洗うなどしたことを原因に肺がんを発症した者についても同様である。つまり、本来、石綿救済制度において救済されるべき肺がんが、判定基準の「不備」によって救済されない状況におかれているということであり、その状況を一刻も早く改善するために、石綿ばく露歴を肺がんの判定基準に取り入れるべきだということが私達の主張、問題提起であった。

3-1 小委員会での議論

2022年から開始された小委員会では、本項目においても「議論」と言えるものは無いに等しかった。2022年6月6日の第1回委員会では、事務局から「建設アスベスト給付金制度の施行に係る石綿健康被害救済制度の対応等について」が提出され、2022年1月から施行された建設アスベスト給付金法と救済法の調整などについて提起があった。すなわち、肺がんに関して言えば、建設アスベスト給付金制度において認定された者は救済法において医学的な審査をせずに認定していくという運用方針であった。これにより、建設アスベスト給付金制度では、労災認定基準に準拠して判断をしていくので、本来の救済法の判定基準では認められない者でも建設アスベスト給付金が認められれば自動的に救済法の認定が受けられることとなった。つまり、ばく露歴を肺がんの判定に組み込む形となった。

しかし、給付金制度はあくまでも国の責任期間や建設業における対象の職種に該当する被災者のみであり、建設業であっても対象外であったり、造船その他の職種の多くでは対象外となる。その意味で、ある種の「偶然」で対象となる一部の被害者のみを合理性が担保されない形で認定する運用は問題である。合理性を担保するためには、労災相当の「ばく露歴基準」を救済法の判定基準に採用するしかない。

事務局の提案について、「肺がんの認定範囲が一部ではあっても拡大する」との観点から私たちは一定の理解を示しつつも、同時に判定基準へのばく露歴の採用について議論すべきと主張してきた。

石綿肺がんの判定における不公平な事象

第3回小委員会で事務局は「肺がんの申請者における石綿ばく露作業歴に係る調査報告書」を示し、申請者を対象とした調査において年金記録を確認できる者はいるがそれをもって石綿ばく露が確認できるわけでなく、石綿ばく露の確認が困難であるとした。

岸本卓巳委員からは、ばく露歴の採用に否定的な意見として、「職業性ばく露以外を含めて、迅速な救済を目的として、我々、日夜努力している救済制度でございますので、石綿ばく露作業従事歴の基準としての採用というのは、客観的に見て難しいのではないか」(2022年10月21日、第3回小委員会議事録より)という発言があった。職業性以外の者を対象とした救済制度というのは、制度発足の背景や実際上の認定者の一部に職業性石綿ばく露を有する実態を踏まえれば誤りである。逆に、職業性を含む者もすき間なく救える制度にすべきことにどこに不合理があるのか。岸本委員の意見は合理性がなく、事務局の代弁を目的とするためだけに意見していると考える。同氏は、救済基金の治療研究への活用に関する意見についても変説がみられ、被災者を見ずに環境省の顔色をみることに終始した。被災者救済の意思も信念もみられず、委員としての適格性に疑問を持たざるを得ない。

3-2 小委員会報告と今後の議論に向けて 

2023年小委員会報告書においては、現行認定基準は国際基準に沿っているものであり、年金記録等では石綿ばく露歴を確認できない、そもそも救済制度が石綿ばく露歴が不明な者を救済するために創設された、との理由によって判定基準を変更する状況にはないとした。

私たちは小委員会でも、特定の石綿製造工場等の周辺に居住していた方、建設作業における自営業者などを念頭に制度設計された経緯があることから、「救済制度は石綿ばく露歴が不明な者を救済するために創設された」との解釈は明らかな誤りであることから削除すべきであると主張した。そもそも、石綿肺やびまん性胸膜肥厚ではばく露歴が認定における必須要件になっており、申請者に「石綿ばく露に関する申告書」も提出させている。

前述したように建設アスベスト給付金に関連した運用変更と現行の判定基準は全く整合性が取れていない。国際基準に沿っているという考えも、モデルであるヘルシンキクライテリアにおいては石綿ばく露歴を最も重視すべきとされており、ばく露歴を除いた医学所見だけの判断基準は被災者救済の「最後の砦」として考えられているものである。

ばく露歴の判定に関して言えば、ばく露歴の調査を厚生労働省の各労働基準監督署に委託する等、具体的な検討を開始していくべきであり、確認方法の具体的方策は無数に検討できる。

アスベスト肺がんについて、制度設計時の想定認定数は中皮腫1人に対して、肺がん1人が認定される(国際的な知見にもとづけばかなり消極的な被害者数の想定であるが)というものだったことを踏まえれば、それと大きく乖離した現在の低い救済率は大きな問題である。今後もその事実を念頭に請求件数・認定件数の向上をはかるために、アスベスト肺がんの啓発について、行政・環境再生保全機構・患者団体等が連携して積極的かつ大胆な取り組みを検討していく必要がある。

石綿肺の問題については、肺結核などの合併症は「難治性で重篤な疾病」ではないことから「著しい呼吸機能障害を伴う」というものと同等でないとされた。この点、著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺だけが重篤だというのは恣意的な判断であり、労災と同様に著しい呼吸機能障害を伴わずとも、合併症を有している場合は認定すべきである。

良性石綿胸水の問題については、びまん性胸膜肥厚として「実際に器質化胸水をもって認定されている例も多く存在し、必要な対応は取られている」とのことなどから指定疾病への追加は見送られた。このような対応は、いわば、救済制度独自の解釈を持ち込む不合理な運用といえる。この際、改めて、労災との整合性の観点、救済すべき石綿被害者が救済されているのか=「すき間なき救済」という制度本来の目的が遂行できているのかの観点から、見直しの議論が行われるべきである。

4 健康管理

石綿ばく露者の健康管理として、クボタショック以前においては、1972年に労働安全衛生法が制定されて以降、「じん肺健康管理手帳」や「石綿健康管理手帳」によって一定の条件を満たした労働者が離職したのち、国の費用で健康診断をおこなってきた。

クボタショック以後、これら制度の対象とならない一般環境等を経由して石綿にばく露した者の健康管理のあり方が問題となった。環境省は2005年に「アスベストの健康影響に関する検討会」を設置、会議名称や調査名称が変更されてきたが、現在まで一部の者を対象に健康管理をしてきた。

ただし、根本的な問題として、厚労省のように制度化して健康管理を実施しておらず、現在は「石綿読影の制度に係る調査」という名称で希望自治体の協力を前提として肺がん検診に読影事業を組み込む形で事業を展開しているのみである。

4-1 小委員会での議論

健康管理のあり方について私たちは、石綿にばく露した建設作業等に従事した一人親方、自営業者等の健康管理は厚労省の石綿健康管理制度、尼崎市など旧試行調査(「石綿ばく露者の健康管理に係る試行調査」)実施地域以外の非職業性ばく露者は、環境省が実施している検診制度のいずれでもカバーされていないことを指摘した。このような石綿ばく露者の健康管理について厚労省と連携して議論を開始するよう提起した。

私たち以外に小委員会で意見があったのは岸本委員だけである。以下に発言を示すが、全体を通じて何を言いたいのか明瞭でなく、結果的に事務局が進めたい方向性に対してあまり論拠なく意見していると考えられる。

実際に事務局がおっしゃいましたように、最近は低線量CTというのも簡単にできるんですけれども、放射線被ばくと肺がんの発生をディテクトできる確率があがるという医学的に明らかな優位性、言いかえればエビデンスというのがない現状からは、事務局が言われましたように、レントゲンの比較読影というところが一番無難な案ではないかなというふうに思っております。

私も環境省で行われた北九州の調査に参画いたしましたけれども、アスベストばく露に関して、胸膜プラークの存在が、アスベストばく露の一つのマーカーになるんですけれども、これが全てであるわけでもありません。今まで行ってきた健康管理を広げながら、なおかつ精度を高めながら、また継続していくというのがいいのではないかなというふうに思っております。

あと、建設労働組合の皆さんに関して、私も岡山県と島根県の皆さん方のチェックをやっておりますので、胸膜プラークは肺がんの石綿ばく露との関連の理由になったりしますので、今後とも考慮されてはどうかなというふうに思っております。
(2022年12月20日 石綿健康被害救済小委員会(令和4年度第3回)議事録における岸本卓巳委員の発言より)

4-2 小委員会報告と今後の議論に向けて

議論らしい議論もなく、2023年小委員会報告書では、「現在実施されている読影調査を、対象地域を拡大しつつ実施し、石綿読影の精度確保等に関する検討会において、健康管理の在り方について引き続き必要な検討を行うべきである。」と取りまとめられた。

ただ問題を先送りし、恒久的な制度化を具体的に検討せずに、調査という名目で網羅的な石綿ばく露者の健康管理を置き去りにしているだけの対応である。

石綿健康管理手帳等でカバーできない石綿ばく露者の健康管理のあり方については、例えば神戸市の健康管理事業において「神戸市石綿(アスベスト)健康管理支援事業実施要綱」で示している「アスベスト手帳」の交付要件にある、「アスベストのばく露歴があると判断され、指定医療機関での精密検査の結果から、経過観察のための定期検査が必要と認められた者」などの要件を参考に条件を設定し、既存の石綿健康管理手帳の指定医療機関などと連携して受け入れ態勢を整えれば恒久制度として十分に実施可能である。環境省は、速やかに調査事業などという地域偏重の健康管理体制を廃止して、厚生労働省と連携して恒久的な健康管理のあり方を検討すべきである。

5 制度運用

救済法施行以降、現在に至るまでの最も大きな問題は、未救済の被害者が中皮腫では全体の3割程度、アスベスト肺がんでは少なくとも7割程度にのぼることだ。

さらに、労災や救済法認定者のなかにおいても、本来は労災で認定される可能性がある者が救済法のみの認定しかされていない「紛れ込み事案」が一定数あると考えられる。現状、労災(労災時効救済制度含む)と救済法の認定割合はそれぞれが半数程度を占めるが、ヘルシンキクライテリアでは職業ばく露に由来する被害が8割程度としており、基本的には労災が8、救済法が2の割合で認定されてくるべきである。

2022年3月28日には労災時効救済制度の請求期限が切れる事態に至ったが、同年6月には、議員立法によって労災時効救済等の請求期限が10年間延長されたことによって、請求権の消滅によって何らの救済も受けられない被害者をつくらない制度上の仕組みが復活・維持された。

しかし根本的な周知の在り方については引き続き検討・実施が求められている。例えば、厚生労働省は労災時効請求制度の請求期限が切れることに先立ち、死亡届をもとに中皮腫死亡遺族を対象に個別周知を実施したとしていたが、関東甲信越地区の400名程度の限られた遺族にしか周知を実施していなかった。本来はこのような「すき間」をなくすことが救済法の基本理念であることから、間断なき運用の改善が必要となっている。

石綿健康被害未救済者

5-1 小委員会での議論

2023年小委員会報告書においては、講習・教育の場を通じた医師や医療機関への制度等に関する周知、アスベスト肺がんに関して臨床の現場における職歴聴取の必要性などに関しての指摘が大林千穂委員からあった。

私たちからは、救済率や紛れ込み事案の問題を指摘した上で、以下のような取り組みの実施を提起した。

①死亡診断書を活用した周知の実施
②環境省から救済法認定者への労災制度の周知
③厚労省が保有していながら統計法との関係で活用できない死亡小票の利用検討
④カルテ等の医療関連資料の保存期限延長
⑤申請書類作成にかかる医師の負担軽減
⑥労災保険料にならい申請に協力した医療機関への経済的補助支援
⑦2023年3月28日に閣議決定された「第4期がん対策推進基本計画」にもとづいた患者団体・支援団体と連携したピア・サポートやグリーフケアに関する周知の実施

残念ながら、小委員会では当会の委員である右田・小菅、大林委員以外から具体的な提案があげられることもなく、十分に議論が尽くされたとは言えない。なお、事務局からは⑥と⑦について現行の説明等について若干の説明はあったものの前向きに取り組みを促すものではなかった。

5-2 小委員会報告と今後の議論に向けて

小委員会報告2023においては、次の点について確認等がされた。

①制度や石綿関連疾患に関した情報を引き続き医療機関や医療関係者への周知を実施していくことが確認された。なお教育領域における取り組みについては関係省庁と協議していくとされた。
②死亡小票や死亡診断書を用いた個別周知やカルテ等の医療情報の保存の在り方に関しては、環境再生保全機構や厚生労働省との連携や関係省庁への情報提供を通じて働きかけていくことが確認された。
③ピアサポート活動等に関する情報提供についてはがん相談支援センターの厚労省と連携して更なる周知の方法を検討すべきとされた。
④申請者の負担軽減をはかるため、オンライン化の検討を含めて負担軽減に努めていくことが確認された。

「連携」や「情報提供」という言葉が並ぶが、これらに関して何か具体的な取り組みが確認されているわけではなく、方向性が示された一部の取り組みについても既存の事業にわずかな取り組みを上乗せする程度のものである。

少なくとも累計で3万人にのぼると考えられる未救済被害者の救済の在り方に関して正面から議論されず、この問題について環境省独自の取り組みが何らの検討もされなかったことは問題がある。環境省と厚労省が中心となり、総務省や法務省などと連携してこれ以上、未救済被害者を拡大させず、救済率を高める具体的な取り組み実施を検討すべきである。

また、ピアサポート活動等の周知に関して、患者団体等との連携について一切記載せず連携しない現状は「第4期がん対策推進基本計画」にも反している。この点、小委員会では制度利用アンケートなどからも患者団体の周知について要望があげられている点にも触れ、再三にわたって具体的な取り組みをするように意見したが報告書には一切触れられなかった。この点、環境省の後ろ向きな姿勢を転換し、救済法の申請者に対して患者団体等を周知し、スムーズに民間部門からの支援を受けることができる環境を構築すべきである。

おわりに

小委員会報告2023の取りまとめまでに6回の委員会が開催された。議論の中心は専門家のヒアリングも実施された救済基金の治療研究支援への活用、療養手当などの給付水準・体系の見直しに関してであった。それらに関しても十分に議論が尽くされておらず、議論をしない方向性で運営がされていた嫌いがある。それ以外の問題についてはさらに議論らしい議論がされずに、ただただ委員会の開催を重ねるだけだった。アスベスト問題は多岐にわたる課題が残されており、継続的な議論が求められている。

前回のとりまとめにおいては、5年以内の見直しについて記載され、小委員会終了後にはパブリックコメントの募集をし、その結果を踏まえた上で報告書が公開された。

一方で、今回は最終の委員会でも私たちも多くの意見を述べて修正を求めたものの、見直し時期に関する具体的な記載もなく、とりまとめに関しては強引に委員長一任が決められ、翌日には委員に対して議事録の確認もされないまま報告書が公開されるという稚拙・拙速・強引な小委員会運営であった。

このように、環境省において恣意的な小委員会の運営が行われる状況下においては、今後、本カウンターレポートで記した課題については、立法府において法改正に向け公正な制度立案議論をおこなっていく必要があり、私たちも要望の実現に向けて関係者との連携によって取り組みを進めていかなければならない。

併せて、今回の小委員会がそうだったように、構成委員10人の内、被害者代表委員は1人にすぎなかったが、それにもかかわらず、とりまとめは多数決で決定した。浅野直人委員長の進行も当事者の意見をきちんと受け止め、公平かつ十分な議論を進めようとする姿勢が全くみられなかった。今回の小委員会委員の多くが、まずは被害者の立場をきちんと受け止め、我が事の問題として真剣に向き合っていたとは到底考えられない。今後はあらゆる議論の場において多様な立場の患者・家族の委員の参加を確保し、被害者団体が推薦する医療者関係者、法律家などの専門家を参画して当事者ファーストに立った多様な関係者による活発な議論の場を再構築することが急務であるとともに、その場において、公正な議論が行われることを強く求める。

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