がんゲノム医療って何?-第2回 がん遺伝子パネル検査の現状と課題-
公開日:2023年11月4日
執筆者:北関東支部/藤下 一(SNSハンドル名:スノー・マン)
監修者:東京大学医学部附属病院ゲノム診療部 部長・教授 織田克利
第2回目の今回は、中皮腫やアスベスト関連のがん疾患の患者さんが、がん遺伝子パネル検査を受ける際に注意すべきことや、がん遺伝子パネル検査自体の課題について説明させていただきます。
まず、前回も記載させていただいた、がん遺伝子パネル検査の流れを記載した図を再掲します。
中皮腫・アスベスト起因がんの患者は、がん遺伝子パネル検査を受けるべきか?
では、中皮腫やアスベスト起因のがん患者として、がん遺伝子パネル検査をどのように考えればよいでしょうか?
アスベスト起因のがん、特に中皮腫治療おいては、私は治療開始時からがん遺伝子パネル検査を治療選択肢として、考慮しておく必要があると考えています。これには、以下の5つの理由があります。
1.中皮腫やアスベスト起因のがんは、標準治療が無いか、あっても非常に限られているという状況にあります。このため、主治医との間で治療開始時から、がん遺伝子パネル検査を話題にしておくことで、適切なタイミングでがん遺伝子パネル検査を受診する環境が整えられるという点です。これにより、治療に到達する可能性は高まることが期待できます。
2.がん遺伝子パネル検査においては、「がん」そのものの組織サンプルを用いる必要があります。すでに、手術を行われた患者さんであれば、がんの組織サンプル(検体)は手術した病院に保管されています。一方でこの保管されたがんの組織サンプルは時間とともに劣化が進み、採取後がん遺伝子パネル検査に用いることができるのは、3年が目安といわれています。その意味で、がん遺伝子パネル検査の実施は、がんの組織サンプルが使えるタイミングで判断できるようにしたほうが良いとも言えます。
一方で、がんの組織サンプルが無いケース、すでに時を経て劣化していると想定されるケース、組織の量が少な過ぎて検査ができない場合もあると思います。この場合には、再度の組織検体の採取か、血液を用いたがん遺伝子パネル検査(リキッドバイオプシー)を選択することができます。どちらを、どのようなタイミングで選択したほうが良いかは、それぞれのメリット・デメリットについて、よく主治医と相談する必要があります。
3.最初の図に示した通り、がん遺伝子パネル検査はその実施に多くの手間を要します。このため、通常がん遺伝子パネル検査の話を主治医にした後、その結果を受け取るには2〜3か月の時間がかかります。こののち結果の説明を受け、治療法を検討し、推奨された治療を受けるとなると、更に時間を要することになります。病状進行の早いアスベスト起因疾患では、条件が整ってからがん遺伝子パネル検査の話をしても、治療のタイミングを逃すことになりかねません。
4.アスベスト起因疾患で、石綿健康被害救済法や労働災害で認定されている患者さんは、基本無料で、がん遺伝子パネル検査を受診することができます。一部、アスベスト起因労働災害で認められないケースもあるようですが、その際はぜひ中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会にご相談ください。
5.がん遺伝子パネル検査のデータは、国立がん研究センター内に設置されている、がんゲノム情報管理センター(C-CAT)に蓄積され、今後の治療開発に使われることになります。このため、がん遺伝子パネル検査を受け、そのデータをC-CATに送ることは、今後の中皮腫およびアスベスト起因のがんの治療法を開発し、将来の中皮腫およびアスベスト起因のがん患者のためになると言い換えることもできます。ちなみに、2023年8月27日時点で、がん遺伝子パネル検査を受けC-CATに登録した人は、60,119人と6万人を超えた一方で、胸膜のがんで登録した人はそのうち、165人にすぎません。今後、この人数を増やしていかなければ、中皮腫およびアスベスト起因のがんの、治療法開発につながらないことは明らかです。
がん遺伝子パネル検査の現状と課題
以上の通り、中皮腫およびアスベスト起因の患者さんに、がん遺伝子パネル検査の受診を推奨してきました。しかし、がん遺伝子パネル検査に問題がないかといえば、そのようなことは全くありません。
これについて、おおきな2つのポイントについて記載したいと思います。
1.治療到達率の低さ
がん遺伝子パネル検査を受け、遺伝子異常が確認された際に、承認薬や治験が見つけられることがあります。また、これに加えて「がん遺伝子パネル試験に基づく患者申出療養試験」*(いわゆる、受け皿試験)という制度もあります。それを踏まえても、以下の図のとおり、がん遺伝子パネル検査から実際に治療薬到達に至った割合は、わずか9.4%にすぎません。
この結果から、がん遺伝子パネル検査に過度に期待することはできず、また、今後のがん遺伝子パネル検査の治療到達率の向上を切望します。
(*JRCT 遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく複数の分子標的治療に関する患者申出療養(NCCH1901))
2.検査実施タイミングの遅さ・回数
すでに何度か記載しましたが、現在がん遺伝子パネル検査は、標準治療が終了ないしは終了見込みの患者でないと受けることができません。京都大学医学部付属病院の武藤学先生の言葉を借りると、「患者は標準治療で満身創痍になった後でなければがん遺伝子パネル検査を受けることができない」ことになっています。また、がん遺伝子パネル検査は治療経過に関わらず一回しか受けることができません。たとえば、一度受けてしまうと、別のがんを罹患しても、その際に検査を受けることができません。必要な患者に、必要なタイミングで、必要な治療を届けることが重要ですね。
このほかにも、がん遺伝子パネル検査に関する課題は多くあり、この改善ついて16の提言をまとめた「がんゲノム医療推進に向けたがん遺伝子パネル検査の研究」に基づく提言書が厚生労働科学研究費補助金(瀬戸班:令和2〜令和4年度)から発表されています。詳しくは下記のQRコードからご覧ください。
上記の提言に沿って、がん遺伝子パネル検査の課題が解決され、より良いものになることを期待しています。
次回、最後となる第3回は、最近話題になることがある「全ゲノム解析と、今後のゲノム医療の展望」と題し、今後のがんゲノム医療と中皮腫およびアスベスト起因疾患の患者の考え方について説明します。