大阪アスベスト弁護団 アスベスト健康被害電話相談1000件分析
公開日:2023年3月23日
1 はじめに
大阪アスベスト弁護団では、2017年10月からの5年間で、2000件以上の電話相談を受けています。特に、建設アスベスト訴訟の最高裁判決が出た2021年5月19日以降は、相談件数が急増し、毎日のように相談が寄せられています。
その結果、情報やノウハウが蓄積し、あらゆるアスベスト被害に関して、より適切かつ専門的なアドバイスを行うことが可能となっています。
本稿では、当弁護団で対応した電話相談のうち1000件を抽出し、相談内容の傾向や特徴を分析することにより、今後の相談活動や被害の掘り起こしに役立てます。
2 分析対象
分析対象は、当弁護団で対応した2021年4月26日〜2022年3月3日までの電話相談1000件です(ごく一部、同一人からの重複相談あり)。ホームページ等を見た方からの常設ホットラインへの相談やメール受付、病院・組合や他の弁護士、被害者等からの紹介など日常的な相談に加え、2021年5月17日最高裁判決後の特別電話相談(約300件)、2022年1月19日建設アスベスト給付金制度完全施行時の特別電話相談(約400件)を含みます。なお、本稿の分析結果は2022年10月時点のものです。
3 石綿ばく露歴・ばく露形態
過去に石綿粉じんばく露歴があり、何らかの症状・診断があって、アスベスト被害や健康不安を訴えられる具体的な相談がほとんどでした(本稿では、石綿関連疾患の診断がある方だけでなく、健康不安がある方を含めて「被害者」としています)。
また、建設業に従事した方についての相談が圧倒的に多く、全体の70%以上(728件)を占めました。労災認定件数の60%以上は建設業であることに加え、建設アスベストに関する特別電話相談が多かったことも影響していると考えられます。
学校教員、調理師、専業主婦、警察官(学生時代に電工アルバイト)だった方が中皮腫を発症したという相談もあり、短期間・少量ばく露によるアスベスト被害の恐ろしさを実感します。
■石綿ばく露歴・ばく露形態【図1】
過去の石綿ばく露歴なし・不明
(隣家の解体作業が心配など) 60件
過去の石綿ばく露歴のある
被害・健康不安 940件
うち建設業 728件
うち造船業 35件
うち倉庫・運送業 25件
うち工場その他 123件
うち環境・家族・吹付建物ばく露 29件
4 被害者の性別・生死等
被害者の90%(905件)は男性でした。女性の被害者についての相談は約3%(29件)で、そのうち石綿工場でのばく露が10件、環境・家族・吹付建物ばく露が10件、建設業2件(電気工事手伝い、建設会社の事務)、造船業1件、不明その他6件でした。
相談の際、被害者ご本人が存命のケースが60%以上(620件)で、ご遺族からの相談は約30%(320件)でした。
年代別の集計はしていませんが、特に70代の被害者が多く、ご本人もしくはご家族からの相談が日常的に多数寄せられます。50代で中皮腫の診断を受けたという方からの相談も珍しくありません。
■被害者の性別【図2】
男性 905件
女性 29件
不明・匿名 66件
■被害者の生死(相談時)【図3】
存命 620件
死亡 320件
不明・その他 60件(ばく露なし等)
5 相談時の診断・行政認定
相談時、石綿関連疾患の診断があったケースが537件(54%)と半数以上でした(一部複数診断あり・疑い含む)。本稿の「診断あり」には胸膜プラーク所見のみは含みません。
石綿関連疾患の診断があった537件のうち、相談時に、労災認定・救済法認定などの行政認定を受けていたケースは227件(全体の23%、診断ありのうちの42%)でした(一部重複認定あり)。
なお、本稿では環境再生保全機構による石綿健康被害救済法に基づく認定を「救済法認定」と分類し、いわゆる労災時効救済は「労災認定」と分類しています。
■診断・行政認定の有無【図4】
石綿関連疾患の診断あり 537件
(一部複数診断あり・疑い含む)
うち行政認定あり 227件
(診断あり537件のうち42%)
うち行政認定なし 310件
(診断あり537件のうち58%)
石綿関連疾患の診断なし 463件
■行政認定の内訳(診断ありのうち)【図5】
石綿関連疾患の診断あり 537件
(一部複数診断あり・疑い含む)
うち行政認定あり 227件
行政認定のうち労災認定 163件
行政認定のうち救済法認定 62件
行政認定のうち管理2,3決定 5件
うち行政認定なし 310件
6 相談時の病名
相談時、石綿関連疾患の診断があった537件のうち、中皮腫と肺がんが約80%(中皮腫が251件・45%、肺がんが188件・34%)を占めました(一部複数診断あり・疑い含む)。なお、肺がんには石綿起因性が不明の肺がん・肺がん疑いを含みます。
■病名の内訳(診断ありのうち)【図6】
石綿関連疾患の診断あり 537件
(一部複数診断あり・疑い含む)
うち中皮腫(疑い) 251件
うち肺がん(疑い) 188件
うち石綿肺・じん肺(疑い) 68件
うちびまん性胸膜肥厚(疑い) 36件
うち良性石綿胸水 6件
うち不明(行政認定あり) 5件
7 中皮腫・肺がんの行政認定状況
中皮腫・中皮腫疑いの診断があった251件のうち、相談時に行政認定を受けていた方は151件(60%)、肺がん・肺がん疑いの診断があった188件のうち、相談時に行政認定を受けていた方はわずかに43件(23%)でした。
■中皮腫の行政認定状況(相談時)【図7】
中皮腫・中皮腫疑いの診断あり 251件
うち労災認定あり 101件
うち救済法認定あり 50件
うち行政認定なし 100件
■肺がんの行政認定状況(相談時)【図8】
肺がん・肺がん疑いの診断あり 188件
うち労災認定あり 33件
うち救済法認定あり 10件
うち行政認定なし 145件
相談内容の特徴と課題
1)中皮腫
中皮腫・中皮腫疑いの方が251件(全体の25%)と非常に多いのが特徴的ですが、【図7】のとおり、251件のうち相談時に行政認定を受けていた方は151件(60%)でした(このうち労災認定が101件・40%、救済法認定が50件・20%)。相談時ないし相談直後にご本人もしくはご遺族が申請されたケースが15件ありましたが、これが全て行政認定に至ったとしても166件(66%)です。中皮腫と診断された場合でも、治療や日々の生活に追われ、速やかに労災・救済法申請を行うに至っていないケースが相当数あると推測されます。
また、中皮腫の場合、多くの医療機関で救済法申請の支援がなされていますが、労災申請の支援がなされているケースはほとんどなく、労災制度について知らない方も珍しくありません。
労災と救済法には大きな給付格差があり、治療に専念するためにも、労災認定を受けて経済的不安が軽減されることは重要です。また、労災申請のため、資料を収集したり記憶をメモしたりするには、体力、気力、時間が必要です。ご遺族が労災申請する場合、就労歴や石綿ばく露歴の証明が非常に困難になるケースもあります。したがって、中皮腫と診断された方については、医療機関において、できるだけ早期に労災制度についても丁寧に情報提供されることが望まれます。
2)肺がん
肺がん・肺がん疑いの相談には石綿起因性の有無が不明の方も含まれますが、石綿による肺がんが中皮腫の少なくとも2倍と言われている現状で188件というのは余りにも少なく、実際には、石綿による肺がん患者の多くが相談にすら至らず、被害が埋もれている可能性が高い実態を示しています。
また、石綿肺がんについて、医療機関で労災・救済法申請の支援がされているケースはごく少なく、【図8】のとおり相談時に行政認定を受けていた方は、188件のうちわずかに43件(23%)でした。
肺がんと診断された方で、石綿ばく露歴があっても、職歴等を問診されていない被害者も多く、医療機関における石綿肺がんの認知度はまだまだ低いのが現状です。中皮腫とは異なり肺がんには石綿以外の様々な原因が考えられますし、石綿起因性の認定基準の判断が必要となるなど、医療機関にとっては、石綿肺がんの行政申請の支援は負担が大きいのかも知れません。しかし、経済的に安心して治療を受けるためにも、労災や救済法認定が重要であることは言うまでもなく、医療機関における、石綿ばく露歴の問診と労災・救済法制度の周知徹底が急務です。
肺がんの相談には、主治医に職歴等を説明した上で、石綿に起因する肺がんか否か確認するようアドバイスしたり、CT画像等を入手した上、弁護団の協力医に意見照会して、労災や救済法申請の可否を検討するケースもあります。その結果、画像や手術ビデオから胸膜プラーク所見が見つかり、労災や救済法認定に至るケースも数多くあります。
3)その他
石綿関連疾患の「診断なし」と分類した中には、肺気腫や気管支喘息、間質性肺炎、胸膜炎などと診断されており、石綿肺やびまん性胸膜肥厚の可能性がある相談も多数ありました。
また、稀な疾病であるとされている良性石綿胸水と診断された方が6件もありました。
相談後の受任状況
中皮腫と診断された方で、労災認定を受けておられなかったケース150件のうち25件(17%)について、相談を契機に弁護団が労災申請を受任しました。このうち6件は救済法認定のみだった方について、労災申請を受任しています。
また、肺がん・石綿肺・びまん性胸膜肥厚と診断され、行政認定を受けておられなかったケース210件のうち30件(14%)について、弁護団が労災申請もしくは救済法申請を受任し、補償・救済につなげています。
労災認定・救済法認定が得られた後は、建設アスベスト給付金請求や工場型国賠和解、企業請求などができるケースも多数あり、電話相談が補償・救済の重要なきっかけになっています。
アスベスト被害に関する補償・救済手続きは複雑であり、どの手続きを選択するかによって、給付内容も大きく異なります。被害者や家族・遺族が、できるだけ速やかに適切な補償・救済を受けられるよう、日常的な相談体制に加え、専門家への相談を促す広報活動も重要と考えています。
執筆・弁護士 伊藤明子(大阪アスベスト弁護団/かけはし法律事務所/兵庫県弁護士会)