八月忌

後藤雅子

 8月は夫の誕生月で、生きていれば69歳になります。白髪でがっちりした体つきのユーモラスないいお爺さんになっていたと思いますし、息子二人にとっては、いつまでも煙たい親父さんになっていたでしょう。

 その懐かしくもいとおしい夫の死因が、アスベストが原因の中皮腫であったことが判明してから5年目の夏を迎えました。

 8月は大方の日本人にとっても、原爆と終戦の鎮魂月であり、私にとってはさらに加えて、夫の年齢を数え、かけがえのない夫の命を奪ったアスベストを追及する8月でもありました。

 その8月3日、5年に及ぶ調査と検証に一通りの区切りを付けて、公務災害の申請をするために、片岡さんと私、息子二人が同行して夫のかつての勤務校である学校に現場検証に行って来ました。

 その前段として、6月に片岡さんと二人で平成2年の学校アスベスト騒動の時に、吹き付けの除去囲い込みをした箇所をこの目で確かめるために教育委員会と学校長に情報開示の申請をして出かけました。

 当日、校長先生の案内で見て回った後、あと一箇所で終わりというその場所は校庭の隅の金網の中にありました。図面では機械室と表示されている倉庫で夫の職務と関連のなさそうな施設でしたが、片岡さんが粘りの一押しで「今日はこれで終わりですから、念のため、見せてもらえますか」とおっしゃり、厳重に施錠されている倉庫を校長先生が開けてくださいました。

 中は大きな施設でパイプや配電盤がむき出しになっている部屋と物置部屋、それに事務所のような部屋がありました。片岡さんと校長先生が吹き付けの囲い込み場所を見て写真に撮っている間、私はロッカーの中を何気に見て思わず大きな声を上げていました。「ここにあるじゃない!」そこには、教育委員会に開示請求しても得られなかった、学校の開校以来の設計図書が通し番号を付けてスチール棚二段に並べられていました。うっかりしていると見過ごしてしまう所でしたが、優に60部以上あるように見えました。

 その日は、もう外は夕闇が迫っていましたし、約束の時間を過ぎていましたので、後ろ髪を引かれる思いでその場を去りました。

 6月の2回目に学校要録のコピーを取りに伺ったとき、また倉庫に入れていただいて、5時までと時間を切って片岡さんと設計図書を一冊ずつ見ることにしましたが、2回目のその日も時間が足りませんでした。

 それで今回、朝の十時から一日中と特別に許可を得て三度目の来校となったのです。

 私も片岡さんももう老眼で、その上倉庫の中は暑い、限られた時間内にあの見にくい青焼き図面からアスベスト建材を見つけ出して、それを一覧表にして、教育委員会に開示請求をしなければなりません。

 片岡さんはともかくとして、私にはとてもそのようなことが要領よくできるとは到底思えませんでした。

 まず、明るい照明が要るでしょうし、拡大鏡も要ります。保冷材や水も用意しなければなりません。それで今回、一日中というお許しを得たまたとない機会に、息子二人を同行させることにしたのです。

 東京にいる長男に早めの盆休みを取らせ、次男に青焼きの話をして照明具と拡大鏡、パソコン、スキャナーを用意させました。

 8月という夫の特別な思いが通じたのでしょうか、二人とも予想に反してあまり不平を言わず、言ったとおりに動いてくれました。

 片岡さんが先導してくださり、息子二人も協力して約束の時間に学校訪問しました。親切な校長先生のご配慮で雑然としていた倉庫が綺麗に片付けられていて、扇風機や蚊取り線香も用意してくださっていました。

 別段打ち合わせも無く、4人は黙々と、片っ端から図面を広げて、ここという所に付箋をいれ、次男がスキャナーでその箇所をパソコンに取り込み、長男が図録ナンバーと図録の名称、アスベスト建材があるページの一覧表を作成して、昼休みをはさんで3時過ぎには作業が終了しました。おかげで熱中症の心配も無く、無事に済んでその後、片岡さんが私達親子3人を車で送ってくださり、我が家の庭で立ち話になりました。

 花梨に青い実がつき、桑の木が涼しい木陰を作っていました。雑草の上に丸々としたカボチャが転がっている、雑然とした庭ですが、夫と二人でローンを組んで手に入れた待望のマイホームでした。そのマイホームにたった1年住んで、楽しみにしていた庭仕事もしないまま、夫はわずか4ヶ月の闘病で旅だってしまいました。その時、今日同行してくれた息子たちは、まだ小学二年生と幼稚園児でした。

 こうして、一家を襲ったアスベスト禍の真相究明の為に、幼いころ父親を失った息子二人が夏の休暇を返上して、同行してくれたことは八月忌と呼ぶにふさわしい記念日と言えるでしょう。

 申請書類の作成はまだこれからですが、翌日、片岡さんのブログにその日の出来事と花梨の実とカボチャの写真が掲載されていました。

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