中皮腫登録制度に思うこと
中皮腫登録制度に思うこと

古川和子

 中皮腫を発症した患者さんの登録制度を行うことが決まり、やっと中皮腫という病気が真剣に議論される事になりました。そこで「登録制度」がどの様な意味を持つのか、簡単にご説明をしたいと思います。

  1. 確定診断法の確立に役立つ
  2. 正確な発症状況を把握する事により、アスベストの職業被害・環境被害などの実態が詳細に解り、被害の早期発見と予防に繋がる
  3. 治療薬の開発に役立つ

 など、これまでの問題点が大きく前進します。

 2004年7月20日に私達「患者と家族の会」が厚生労働省に対する要望項目として「中皮腫の登録制度と治療薬の早期開発」を求めた時に、担当者の対応は「中皮腫は一般の癌としての認識しかありません」といったものでした。当時、アメリカでは「アリムタ」という治療薬が承認されていたにも拘らず日本ではまだまだ治験が始まったばかりで闘病中の患者が使用するには「個人輸入」しなければならない状況でした。高額な代金を支払って個人輸入をしても、実際に投与を行ってくれる病院さえもあるかどうか、というのが実情でした。その交渉の席で、「国は私達を見殺しにするのですか」と泣かんばかりに訴えている中皮腫の患者さんを前にして担当者が答えた言葉が前述のものでした。そしてこの患者Kさんはこの時の厚生労働省の対応に、大変にがっかりして翌日から熱をだして寝込みました。

 もしも、この時既に中皮腫登録制度が在ったならばこの様な酷い回答は出なかったのではないでしょうか?もしも、早期に登録制度が出来ていたら過去において「一体何故?」と自身の発病原因に悩みながら苦しい闘病生活を強いられた方々の多くは救済されていたのではないでしょうか?ここに、悲惨なお話をご紹介します。

Y・K子さんの場合

 70歳頃、胸に異常を感じて受診。その結果「悪性胸膜中皮腫」と診断されて右肺を全摘。術後7年目を迎えた頃にクボタショックが起こり、「自分は術後、順調に過ごしてきたが本当に中皮腫なのだろうか」と疑問に感じていた。彼女は医療関係の仕事に就いていたからこの病気の怖さは充分に承知していたからだ。そして担当医と相談して、再度組織検査を行った。暫くして「やはり中皮腫だった」と落胆の声で私の元に電話が入ってきた。「でも、こうして元気に日々を送れているから」と明るく答えるY・K子さんの心は複雑に揺れていた。

 2006年3月、石綿新法の申請が始まると彼女はすぐさま書類を提出した。待つこと数ヶ月。環境保全機構から彼女の元に届いたのは「中皮腫ではない」という答えだった。「私、死ななくて済んだのよ」と力なく電話で報告するY・K子さんに対して、私は余りの事に掛ける言葉さえ見つからなかった。誤診?・・・彼女の病気は「良性」のものだったそうだ。右肺を失って7年間。この間の痛みと、再発への不安で過ごした年月は一体何だったのか?

 Y・K子さんが何故この様な目にあったのか?医療関係者ではない私には、到底理解できないことです。しかし、確信をもって言えることは「その当時、中皮腫が登録制になっていたらこの様な悲劇は起こらなかった」であろうと思います。中皮腫登録制にあたり、現在闘病中の患者さんだけでなく、過去に遡っての調査も是非に行っていただきたいと念願しています。そして、一日も早い「治る」治療薬の開発を望むところです。

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