(4) 胸膜中皮腫の手術について <2>

 胸膜中皮腫の手術方法、胸膜中皮腫に対する胸膜外肺全摘術が可能な患者さん、手術時間、手術中輸血の有無についてご説明しました。今回は、「胸膜外肺全摘術の手術直後の回復経過と合併症および手術の質が術者によってたいへん異なること」について述べます。

 胸膜外肺全摘術が終了し、全身麻酔から覚めると、意識が戻ってきます。手術室ではまだ少しボンヤリしていますが、名前の呼びかけには返事ができるような状態です。意識がハッキリしてくると、手術室から集中治療室(ICU)に帰ります。ICUで心電図などのモニター類の装着が終わると、ご家族に会っていただきます。酸素マスクをしていますが、ご家族と会話もできます。痛みについては、背中から細いチューブを挿入している硬膜外麻酔や注射や座薬などの多くの方法がありますので、コントロールは可能です。十分に痛みを除く方針で対応しています。

 手術当日の夜は、ベッド上で寝たままです。手術翌日は、ベッド上に座っていただきます。手術の翌々日から飲食が始まり、歩いていただきます。早期の歩行が、肺や全身の回復のために重要です。胸に入っていた管(ドレーン)は、術後2日目の夕方か3日目の朝に抜去します。

 胸膜外肺全摘術は、呼吸器外科の手術の中では難しい手術とされ、合併症の頻度も高いです。小さな合併症まで含めると、3~6割の患者さんに何らかの合併症が発生するとされています。手術をきっかけとした術後30日以内の死亡が、術死と定義されています。術死の割合は近年低下していて、世界的には3~10%とされています。私の場合は、3%です。

 最も多い合併症は、心房細動という不整脈ですが、ほとんどの場合に投薬などの治療で改善します。その他の発生し得る合併症を列記します。頻度は、たいへん低いです。大量出血・感染(肺炎、膿胸、創の化膿など)・気管支断端瘻・心不全・呼吸不全・乳ビ胸・肺塞栓・嗄声(させい:声が、かれること)・再建横隔膜の離脱・再建心膜の離脱などです。

 膿胸は、肺を摘出した後のスペースに細菌が感染した状態で、治療のために手術や抗生物質の投与が必要です。気管支断端瘻は、肺を摘出するために切断した気管支断端の縫合不全で、多くの場合に緊急手術を必要とします。乳ビ胸は、腸で吸収された脂肪が、肺を摘出した後のスペースに流出する状態で、肺全摘後には治療のために手術が必要な場合が多いです。肺塞栓は、エコノミークラス症候群とも言われ、足の静脈にできた血の塊が肺に流れて詰まる病気です。

 胸膜中皮腫に対する手術の質が、術者によってたいへん異なることをご説明します。残念ながら、日本には胸膜中皮腫の手術の経験豊富な外科医は少ないです。2008年に公表された調査(左図参照)では、2002年から2006年までの5年間に胸膜外肺全摘術を10例以上行った病院は、全国で3病院だけです。論文には記載されていませんが、当時の会議での資料では、10例以上の3病院も5年間で11例だったように記憶しています。1年間に約2例以下の手術数しか有りませんでした。

 欧米では、患者さんが集約化されていて、私が胸部外科医として働いていたブリガムアンドウイミンズ病院では、1年間に50~80例の胸膜外肺全摘術が有りました。スイスでは、5年間に15例以上の胸膜外肺全摘術の経験がある外科医のみが研究に参加できました。最近は、国内の病院の一部では、少し手術数が増えているようですが、1年間に約2例以下の手術の経験を踏まえて執刀されています。学会で他の先生方の手術をビデオで拝見する機会が多々ありますが、経験の差を反映して、胸膜中皮腫に対する手術の質は大きく異なっています。

 胸膜中皮腫に対する手術のみならず、合併症の早期発見や治療は難しいとされていますので、経験豊富な呼吸器外科医を受診されることを強くお勧め致します。患者さんの健康回復とご家族の安心を心からお祈り申し上げます。

(第87号2013年6月掲載)

図の説明(日本語は、筆者が記載)
5年間(2002年1月~2006年12月)における各病院の胸膜外肺全摘術の経験数
[日本肺癌学会雑誌2008年48号に掲載された長谷川誠紀先生らによる論文の図]
EPP completed:胸膜外肺全摘術の数、Number of institutions:病院の数

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