【アスベスト肺がん】石綿救済制度で「不認定」が「認定」となった事例の経過と判定基準の問題
公開日:2026年8月12日
執筆者:中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会
事務局長 澤田慎一郎
本来、アスベスト(石綿)被害者を救うための命綱であるはずの公的補償制度の一つである「石綿健康被害救済制度」。しかし、制度の不条理な壁によって一度は「不認定」とされながらも、わずか1年後に一転して「認定」を勝ち取った申請事例があります。
同じ被災者、同じ身体、同じ画像データであるにもかかわらず、なぜ逆転認定となったのか。その背景にある「労災保険制度」と「石綿健康被害救済制度」の認定(判定)基準の違いに触れ、申請の注意点を解説します。
同じ人物の申請が「不認定」から「認定」
まず、石綿健康被害救済制度の「不認定決定通知書」と「認定決定通知書」をお示します。

一目瞭然で、結果は全く異なりますが、これらは全く同一の被災者の方に届いた通知です。病状も職歴も何も変わっていないにもかかわらず、わずか約1年で判断が真逆に覆りました。
「労災保険」と「石綿救済制度」の認定基準に潜む、決定的な格差
この奇妙な逆転劇を紐解く鍵は、アスベスト被害に対する2つの公的補償制度の違いにあります。
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労災保険では、一定数の認定者が「石綿ばく露歴10年以上+胸膜プラーク」の基準で救われています。しかし、環境省の救済制度にはこの基準自体がありません 。そのため、どれだけ長く現場でアスベストを吸い続けてきた職歴があっても、画像等の医学的所見が非常に厳しく審査され、仮に労災の基準で審査していれば「認定相当」となる被害者も不認定にされることがあります。
環境省の主張と「ばく露歴」を無視する矛盾
環境省は、石綿ばく露歴の評価ができないとの主張を続けていますが、実際に肺がん申請者には任意で職歴のアンケートを書かせていますし、救済制度以降にできた「建設アスベスト給付金」はばく露歴を評価して判定をしているので、問題は「判定する仕組み」を整備するだけの話です。技術的に不可能ということはありません。
救済制度の申請者の中にも、建設業の一人親方や自営業者といった職業的にアスベストを吸い、そのばく露歴を証言をはじめ何らかの形で証明できる方々がいます。職歴を通じた石綿ばく露歴という確固たる証拠がある被災者を、救済制度は「医学的所見のみ」の高いハードルで切り捨てているのが現状です。
がん治療専門医でも見落とす「胸膜プラーク」の罠
アスベスト吸入の証拠となる「胸膜プラーク」の読影には、高度な専門技術が必要です。誤解を恐れずに言えば、胸膜プラークは見落とされがちで、患者が医師に肺がん発症とアスベストばく露の関係性を尋ねても「アスベストは関係ない」「タバコのせいだ」と告げられることがあります。私が支援を通じて経験した事例でも、被害者の居住地域においては肺がん治療経験が豊富な医療機関でしたが、患者本人がそのことを尋ねても関連性はないと言われていました。なお、その被害者はのちに労災認定されています。本件でご紹介している被災者も主治医から同様の対応をされています。
主治医が「所見なし」と診断書に書いても、労災や救済制度の審査で「胸膜プラークあり」と覆り、認定されるケースもあります。医師から、肺がん発症とアスベストばく露は「関係ない」と言われても、すぐに諦めてはいけません。
「逆転認定」を可能にした「尊重ルール」のカラクリ
今回のケースが令和8年に「認定」へ覆った背景には、建設アスベスト給付金制度(正式名:特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律)の成立があります。令和3年6月に議員立法によって成立し、令和4年1月に完全施行されましたが、その動きにあわせて、環保企発第2404251号,令和6年4月25日付「石綿による健康被害の救済に関する法律の施行(救済給付の支給等関係)に ついて」の一部改正について(通知)において、救済制度運用のルール変更をしました。
環境省のルール変更を簡単に言ってしまえば、「建設アスベスト給付金制度で認定された被災者については、石綿救済制度の医学的判定を個別に行わず、その結果を尊重してそのまま認定する」というものです。
今回紹介している被害者の方は、救済制度の不認定ののちに、労災では救済制度でないとされた「胸膜プラーク」があるとされたことに加えて石綿ばく露歴が10年以上あることを理由に認定されました。その結果を踏まえて建設アスベスト給付金制度でも認定されたために、救済制度に再申請した結果、医学的な審査はされずに認定となりました。
救済制度に申請すると判定基準の問題によって「不認定」になる被害者も、労災認定後の建設アスベスト給付金制度での認定、建設アスベスト給付金制度への単独申請と認定を経てから申請(ないしは再申請)をすれば、画像などの医学的判定を一切行わずに「スルーパス」で救済制度も認定するという、極めて歪んだ二重基準が存在することになりました。環境省のルール変更自体は救済の枠組みを広げるものなのでただちに否定されるべきものではありませんが、本来的には判定基準そのものに「石綿ばく露歴」を用いた基準を採用するべきです。
安易な順番での申請が「すべてを台無しにする」
環境省のルール変更をみると、「先に建設アスベスト給付金を申請すればいい」と思いがちですが、ここには致命的な罠があります。
もし、十分な準備をせずに個人で建設給付金を申請し、そこで「不認定」になってしまった場合、その後に労災認定を勝ち取ったとしても、給付金側で「一度出した不認定は、労災が通ったからといって簡単には覆せない」という硬直的な対応をとられるリスクがあります。 順番を一つ間違えるだけで、大きな不利益を被るケースがあります。
労災は比較的、認める方向で審査が進められますが、建設アスベスト給付金は「認めない方向」で審査が進められているのが実態です。
今回の逆転認定の実例を通じて言えることは、環境省の制度設計の致命的な欠陥を証明したと同時に、「正しい順序と手続きを踏めば、一度不認定になっても救済される道がある」ということでもあります。
アスベスト被害の申請は、個人の判断や主治医の言葉だけで進めるにはあまりにもリスクが高すぎます。 「昔、建設現場で働いていた」「もしかして…」と少しでも思われる方は、手続きを始める前に、必ず「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」などの専門支援団体に相談してください。職歴や病状に合わせて、最も安全で確実な「申請のロードマップ」を検討していきましょう。