【アスベスト肺がん被害者を切り捨てる環境省】建設業従事者が石綿救済制度で不認定となったのちに遺族請求で労災認定された事例(石綿肺がんの被害者を救済しない石綿健康被害救済制度)
公開日:2024年12月13日
執筆:中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会
事務局 澤田慎一郎
環境省はこれまで石綿健康被害救済小委員会などの場を通じて繰り返し指摘されてきた、現行の肺がん判定基準の見直しをしていません。そのために、「アスベスト肺がん患者」であるにもかかわらず、不認定という形で切り捨ててきた被害者が多数います。今回は、そのような被害者の一例を紹介します。
本件被災者の肺がん発症とアスベスト(石綿)ばく露歴
当時、50代のAさんは2014年12月に肺がんを発症しました。治療を続けていたものの、2021年9月に他界されました。
Aさんは1980年代から200年代にかけて建設現場において廃材の撤去作業を含む現場の清掃業務などに従事してきました。また、解体工事の現場で作業の管理者を務めることもありました。当時、建設現場においては当たり前のようにアスベストを含有した建材が用いられ、Aさんはそのような建材を直接加工するなどはしていませんでしたが、周辺で他の作業者が加工などした際に発生したアスベスト粉じんにばく露してしまいました。
環境省の石綿健康被害救済制度では不認定
Aさんは生前、自身の肺がんの発症とアスベストばく露に関連があると考え、アスベスト救済制度での認定を求めて申請をしました。しかし申請後かつAさんの死亡後の2022年6月に、審査機関である独立行政法人環境再生保全機構石綿救済制度の不認定の通知が送られてきました。
不認定の理由には「石綿を吸入することによりかかった肺がんでないと判定できる」、「放射線画像等から胸膜プラークは認められるものの、広範囲胸膜プラークは認められず、肺繊維化所見も認められない。また、肺内石綿小体及び肺内石綿繊維濃度も一定量以上認められないため、肺がんの発症リスクを2倍に高める量の石綿ばく露所見について、確認できない」と記載されていました。
判定基準についてはアスベスト(石綿)疾患における労災保険制度と救済制度の認定(判定)基準をご確認ください。
まさかの労災認定
石綿救済制度の不認定を受けたのち、Aさんのご遺族が当会に相談にこられました。お話を聞いた当初から、これは「環境省の過ちによる犠牲者」であると確信しました。同時に、労災請求を提案し、請求を支援していくこととなりました。
2022年7月に中央労働基準監督署に労災請求し、やや複雑な事情もあり時間が経過しましたが2024年6月に労災認定されました。労災の審査では、石綿ばく露歴が約6年認められ、石綿救済制度では認められなかった「広範囲胸膜プラーク」が認められて認定(業務上災害)となりました。なお、石綿ばく露歴は実際上はより長い年月がありましたが、自営業期間は除外されたために約6年となっています。
何が問題なのか。被害者を救わないための判定基準
Aさんは結果的に労災認定されたことによって、ご遺族が労災遺族補償などを受けることができました。しかし多くの方の場合、仮に「救済制度」で不認定になったら労災などはとてもではないけれど認められない、と考えるのではないでしょうか。これまでにご支援させていただいた方々の中にもそのようにお話される方がいました。
労災のアスベスト肺がんに関する認定基準にも問題があるのですが、環境省の石綿救済制度における肺がんの判定基準はさらに多くの問題があります。何が問題か、端的に言えば、「アスベストを吸ったこと」を全く評価しないということです。
救済制度においては、中皮腫であればアスベストばく露以外の原因がありませんので、確定診断のみをもって認定することは「どこでアスベストを吸ったのかわからない」という被害者の救済をする点では有効です。一方、なぜか肺がんの判定においてもこの理屈だけを持ち込んで判定をし続けています。
肺がんの発症原因には喫煙習慣やその他の化学物質の影響など、さまざまなものがあります。そのような中で、救済制度はアスベストばく露があまりわかっていない被害者を救うために現行の判定基準を定めました。そのような被害者にとっては意味があります。しかしこの判定基準には大きな問題があります。それは、「アスベストばく露がわかっている肺がん被害者を切り捨ててしまう可能性がある」ということです。Aさんはまさにその犠牲者となってしまったわけです。
救済制度の判定基準や労災認定基準を定めるにあたって参考とされた、世界的なアスベスト疾患の診断基準に「ヘルシンキ・クライテリア」というものがあります。このヘルシンキ・クライテリアでは、アスベストと関連のある肺がんを診断する上で最も重要な指標は「石綿ばく露歴」としています。ところが、石綿救済制度はこの最も重要な指標である石綿ばく露歴が確認できる申請者がいるにもかかわらず、判定基準に労災認定基準に用いている石綿ばく露歴の指標を採用せずに運用してきています。
また、Aさんの事例にあるように、胸膜プラーク(広範囲胸膜プラーク)の存在そのものや、石綿肺所見そのものの有無について救済制度と労災で異なる見解が出ることも珍しくありません。過去には、石綿小体や石綿繊維の本数が大きく異なる結果となった事例もありました。このように、判定基準がそれらしくみえるかもしれませんが、実態は必ずしも確実なものではないのです。だからこそ、ヘルシンキ・クライテリアが主張している最も信頼できる指標としての石綿ばく露歴を評価して判定に生かさなければAさんのような犠牲者が増え続けてしまいます。
私たちは、2006年の制度開始時からこれらの問題を指摘してきていますが、一向に改善されません。この間、環境省はどれだけのアスベスト肺がんの被害者を切り捨ててきたのかを想像すると大変恐ろしく感じます。環境省は速やかに判定基準を見直して被害者の救済に真摯に取り組むべきです。