中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会

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2006年07月30日

アスベスト被害をみんなで考える会

「ニチアス・竜田工業の住民被害の実態を皆で考える会」を下記の通りに行います。

日時:8月6日(日) 午後1時から
場所:斑鳩町西公民館

クボタから一年。同時に発覚した王寺・斑鳩町での近隣住民のアスベスト被害問題は徐々に広がってきています。今回は、ニチアスとその下請け会社の竜田工業近隣住民被害を皆さんと共に考えたいと思います。ニチアス・竜田は近隣400m以内にしか被害者はいないと考えているようですが、アスベストの飛散距離は尼崎では遠く2km以上に渡っている場所もあります。果たして、400mの距離以内の住民にのみ健康診断を行えば良いのでしょうか?
隠れた被害者が他にもきっといるのではないでしょうか?
もしかしてご本人さえも、今置かれている危険な状態に気付かないでいるのではないでしょうか?
皆さんで、この問題を一緒に考えましょう!

《 問い合わせ 》
中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会奈良支部
  世話人  古川和子  090-3705-3903
  事務局  山本直子  0745-75-3901
多くのご参加をお待ちしています。

2006年07月28日

写真集のお知らせです。

ぜひお求めください。
『明日をください!』アスベスト公害と患者・家族の記録、がこの7月に出版されました。
ご希望の方は、こちらをご覧ください。また、著者のメッセージはこちらへどうぞ。

2006年07月20日

青石綿検出

クボタ旧神崎工場の元近隣住民の二人の肺の組織の中から青石綿が検出された、と衝撃の発表がありましたが、この二人との出会いを今思い起こしています。当時、土井雅子さんが左肺全摘手術を受けた後に担当の医師に確認をしました。その時の答えは「プラークも石綿小体もありません」というものでした。もちろん、「顕微鏡検査での段階であり、更に進んだ検査結果では石綿が検出されるかもしれない」という回答でした。それを遡る事半年前。もうひとりの女性被害者K子さんも同じく手術をされていたので、担当医に同じような質問をしていました。答えは土井さんと全く同じでした。では何故中皮腫という病気になってしまったのか?・・・と誰もが困惑しました。この当時は土井さん・K子さんは居住地も年齢も職歴も全く違って、二人を結びつける接点は何も有りませんでした。しかし調査が進む中で、お二人には共通点が有る事に気付きました。「尼崎」です。土井さんの出身校である浜小学校の北側にある職場に、かつてK子さんは勤務していました。そして、同じように手術で摘出した肺の組織の中から青石綿が検出されるという結果になったのです。K子さんが「何故この様な病気になったのか知りたいのです」と病床のベッドで起き上がる事もままならない中、私に語ってくれた昔の話・・・その中の一点が原因究明に繋がったことを報告する事が出来ないままK子さんは帰らぬ人となってしまいました。そしてこの二人の事実は「同じような居住歴の人は肺の中に青石綿があって、発症していないだけであり、行政は健康管理に取り組むべき」と警告を発しているのです。

2006年07月16日

石綿新法の認定

 3月27日から施行された「石綿新法」の認定が相次ぐ中で、大きな矛盾点が浮かび上がっている。
「新法で認定されました」という連絡が闘病中の患者さんから入ってくると、大変に複雑な気持ちになる。「認定されて良かった」と言いつつも「中皮腫という診断が間違いであってくれれば良いのに」と、かすかな期待も打ち破られる通知でもあるからだ。「認定されたことは嬉しいが複雑な気持ち」と多くの方は言う。
そしてその様な中で、「検査項目が不足」しているとして追加の書類を求められる方も少なくない。
現在抗がん剤治療中のT子さんもそうだ。遠距離から通院して莫大な交通費が要るうえに高額な治療費。年金生活の彼女には負担が大きい。労災ならば遠距離への通院交通費も支給されるが、新法では支給されない。経済的な負担を強いられているのに、認定作業までが遅れていることに彼女は苛立ちを隠せなく「お金の心配をしながら治療をしていては、治る病気も治らない」と嘆いている。

2006年07月04日

新潟県佐渡市の小学校でアスベスト

幼い児童達にアスベストの危険が襲いかかり、学校がパニックになった様子が伺える。
しかし対応は適切だったのだろうか?
アスベストを曝露した瞬間にレントゲン撮影などの検査をしても意味がないことを学校関係者は周知しているのだろうか?
本当に、アスベストを吸ったと思われる児童たちがレントゲン撮影をしたり他の児童たちも健診を行うようなことを考えているのならば、昨年からのアスベスト報道から学校側は何も学んでいなかった・・・ということが露呈しただけだ。何も学んでいないからこの様な事態になり、児童を危険に晒したのではないだろうか?教育委員会は早急に適切な対応を考えなければいけない。

2006年07月01日

この想いはどこに・・・?

クボタショックが始まってからの早い時期に彼女から相談の電話があった。
「夫が4年前に中皮腫で亡くなりました。50歳過ぎで発病しました」その後の彼女は学生だった3人の子供達を抱えて必死で生きてきた。上の子供も何とか大学を卒業してホッとしていたらこの騒ぎが始まった。もしかしたら自分の夫も・・・とクボタに問い合わせて、その後に私達のもとに電話があった。聞き取りをしたけれども、クボタが原因であるとは思えない状況だったので、クボタへの弔慰金の申請は未だに行っていない。いったい何が彼女の夫の命を奪ったのか? アスベストに関わる仕事をしていないので何故中皮腫を発症したのか?ここにも、幼少期から夫と同じ空気を吸った兄弟達の不安が広がっている。仕事でも無く、クボタでもない・・・その様に原因不明の被害者が尼崎には多くいることを忘れてはいけない。そして今、その様な方達への救済の取り組みが始まろうとしている。